よく利く薬とえらい薬
宮沢賢治
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)経《た》って
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(例)くるくるん[#「ん」は小書き]に
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清夫は今日も、森の中のあき地にばらの実をとりに行きました。
そして一足冷たい森の中にはひりますと、つぐみがすぐ飛んで来て言ひました。
「清夫さん。今日もお薬取りですか。
お母さんは どうですか。
ばらの実は まだありますか。」
清夫は笑って、
「いや、つぐみ、お早う。」と言ひながら其処《そこ》を通りました。
其の声を聞いて、ふくろふが木の洞《ほら》の中で太い声で言ひました。
「清夫どの、今日も薬をお集めか。
お母は すこしはいゝか。
ばらの実は まだ無くならないか。
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ゴギノゴギオホン、
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今日も薬をお集めか。
[#ここで字下げ終わり]
お母は すこしはいゝか。
ばらの実は まだ無くならないか。」
清夫は笑って、
「いや、ふくろふ、お早う。」と言ひながら其処を通りすぎました。
森の中の小さな水溜《みづたま》りの葦《あし》の中で、さっきから一生けん命歌ってゐたよし切りが、あわてて早口に云《い》ひました。
「清夫さん清夫さん、
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お薬、お薬お薬、取りですかい?
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清夫さん清夫さん、
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お母さん、お母さん、お母さんはどうですかい?
[#ここで字下げ終わり]
清夫さん清夫さん、
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ばらの実ばらの実、ばらの実はまだありますかい?」
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清夫は笑って、
「いや、よしきり、お早う。」と云ひながら其処を通り過ぎました。
そしてもう森の中の明地《あきち》に来ました。
そこは小さな円い緑の草原で、まっ黒なかやの木や唐檜《たうひ》に囲まれ、その木の脚もとには野ばらが一杯に茂って、丁度草原にへりを取ったやうになってゐます。
清夫はお日さまで紫色に焦げたばらの実をポツンポツンと取りはじめました。空では雲が旗のやうに光って流れたり、白い孔雀《くじゃく》の尾のやうな模様を作ってかゞやいたりしてゐました。
清夫はお母さんのことばかり考へながら、汗をポタポタ落して、一生
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