けん命実をあつめましたがどう云ふ訳かその日はいつまで経《た》っても籠《かご》の底がかくれませんでした。そのうちにもうお日さまは、空のまん中までおいでになって、林はツーンツーンと鳴り出しました。
(木の水を吸ひあげる音だ)と清夫はおもひました。
それでもまだ籠の底はかくれませんでした。
かけすが、
「清夫さんもうおひるです。弁当おあがりなさい。落しますよ。そら。」と云ひながら青いどんぐりを一粒ぽたっと落して行きました。
けれども清夫はそれ所ではないのです。早くいつもの位取って、おうちへ帰らないとならないのです。もう、おひるすぎになって旗雲がみんな切れ切れに東へ飛んで行きました。
まだ籠の底はかくれません。
よしきりが林の向ふの沼に行かうとして清夫の頭の上を飛びながら、
「清夫さん清夫さん。まだですか。まだですか。まだまだまだまだまぁだ。」と言って通りました。
清夫は汗をポタポタこぼしながら、一生けん命とりました。いつまでたっても籠の底はかくれません。たうとうすっかりつかれてしまって、ぼんやりと立ちながら、一つぶのばらの実を唇《くちびる》にあてました。
するとどうでせう。唇がピリッとしてからだがブルブルッとふるひ、何かきれいな流れが頭から手から足まで、すっかり洗ってしまったやう、何とも云へずすがすがしい気分になりました。空まではっきり青くなり、草の下の小さな苔《こけ》まではっきり見えるやうに思ひました。
それに今まで聞えなかったかすかな音もみんなはっきりわかり、いろいろの木のいろいろな匂《にほひ》まで、実に一一手にとるやうです。おどろいて手にもったその一つぶのばらの実を見ましたら、それは雨の雫《しづく》のやうにきれいに光ってすきとほってゐるのでした。
清夫は飛びあがってよろこんで早速それを持って風のやうにおうちへ帰りました。そしてお母さんに上げました。お母さんはこはごはそれを水に入れて飲みましたら今までの病気ももうどこへやら急にからだがピンとなってよろこんで起きあがりました。それからもうすっかりたっしゃになってしまひました。
※
ところがその話はだんだんひろまりました。あっちでもこっちでも、その不思議なばらの実について評判してゐました。大かたそれは神様が清夫にお授けになったもんだらうといふのでした。
ところが近くの町に大三《だ
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