めくらぶどうと虹《にじ》
宮沢賢治

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)めくらぶどうと虹《にじ》

|:ルビの付いていない漢字とルビの付く漢字の境の記号
(例)三|秒《びょう》
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 城《しろ》あとのおおばこの実《み》は結《むす》び、赤つめ草の花は枯《か》れて焦茶色《こげちゃいろ》になり、畑《はたけ》の粟《あわ》は刈《か》られました。
 「刈《か》られたぞ」と言《い》いながら一ぺんちょっと顔《かお》を出した野鼠《のねずみ》がまた急《いそ》いで穴《あな》へひっこみました。
 崖《がけ》やほりには、まばゆい銀《ぎん》のすすきの穂《ほ》が、いちめん風に波立《なみだ》っています。
 その城《しろ》あとのまん中に、小さな四《し》っ角山《かくやま》があって、上のやぶには、めくらぶどうの実《み》が虹《にじ》のように熟《う》れていました。
 さて、かすかなかすかな日照《ひで》り雨が降《ふ》りましたので、草はきらきら光り、向《む》こうの山は暗《くら》くなりました。
 そのかすかなかすかな日照《ひで》り雨が霽《は》れましたので、草はきらきら光り、向《む》こうの山は明るくなって、たいへんまぶしそうに笑《わら》っています。
 そっちの方から、もずが、まるで音譜《おんぷ》をばらばらにしてふりまいたように飛《と》んで来て、みんな一度《いちど》に、銀《ぎん》のすすきの穂《ほ》にとまりました。
 めくらぶどうは感激《かんげき》して、すきとおった深《ふか》い息《いき》をつき、葉《は》から雫《しずく》をぽたぽたこぼしました。
 東の灰色《はいいろ》の山脈《さんみゃく》の上を、つめたい風がふっと通って、大きな虹《にじ》が、明るい夢《ゆめ》の橋《はし》のようにやさしく空にあらわれました。
 そこでめくらぶどうの青じろい樹液《じゅえき》は、はげしくはげしく波《なみ》うちました。
 そうです。今日《きょう》こそただの一言《ひとこと》でも、虹《にじ》とことばをかわしたい、丘《おか》の上の小さなめくらぶどうの木が、よるのそらに燃《も》える青いほのおよりも、もっと強い、もっとかなしいおもいを、はるかの美《うつく》しい虹《にじ》にささげると、ただこれだけを伝《つた》えたい、ああ、それからならば、それからならば、実《み》や葉《は》が風にちぎられて、あの明るいつめたいまっ白の冬の眠《ねむ》
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