と、一郎がおもひましたら、山ねこはぴよこつとおじぎをしました。一郎もていねいに挨拶《あいさつ》しました。
「いや、こんにちは、きのふははがきをありがたう。」
 山猫はひげをぴんとひつぱつて、腹をつき出して言ひました。
「こんにちは、よくいらつしやいました。じつはをとゝひから、めんだうなあらそひがおこつて、ちよつと裁判にこまりましたので、あなたのお考へを、うかがひたいとおもひましたのです。まあ、ゆつくり、おやすみください。ぢき、どんぐりどもがまゐりませう。どうもまい年、この裁判でくるしみます。」山ねこは、ふところから、巻煙草《まきたばこ》の箱を出して、じぶんが一本くはへ、
「いかゞですか。」と一郎に出しました。一郎はびつくりして、
「いゝえ。」と言ひましたら、山ねこはおほやうにわらつて、
「ふゝん、まだお若いから、」と言ひながら、マツチをしゆつと擦《す》つて、わざと顔をしかめて、青いけむりをふうと吐きました。山ねこの馬車別当は、気を付けの姿勢で、しやんと立つてゐましたが、いかにも、たばこのほしいのをむりにこらへてゐるらしく、なみだをぼろぼろこぼしました。
 そのとき、一郎は、足もとでパチ
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