つ赤になり、きもののえりをひろげて、風をからだに入れながら、
「あの字もなかなかうまいか。」ときゝました。一郎は、おもはず笑ひだしながら、へんじしました。
「うまいですね。五年生だつてあのくらゐには書けないでせう。」
すると男は、急にまたいやな顔をしました。
「五年生つていふのは、尋常五年生だべ。」その声が、あんまり力なくあはれに聞えましたので、一郎はあわてて言ひました。
「いゝえ、大学校の五年生ですよ。」
すると、男はまたよろこんで、まるで、顔ぢゆう口のやうにして、にたにたにたにた笑つて叫びました。
「あのはがきはわしが書いたのだよ。」
一郎はをかしいのをこらへて、
「ぜんたいあなたはなにですか。」とたづねますと、男は急にまじめになつて、
「わしは山ねこさまの馬車別当だよ。」と言ひました。
そのとき、風がどうと吹いてきて、草はいちめん波だち、別当は、急にていねいなおじぎをしました。
一郎はをかしいとおもつて、ふりかへつて見ますと、そこに山猫《やまねこ》が、黄いろな陣羽織のやうなものを着て、緑いろの眼をまん円にして立つてゐました。やつぱり山猫の耳は、立つて尖《とが》つてゐるな
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