されだ。ああ欺《だま》されだ」と叫んでいました。
 みなさん。こんな話は一体ほんとうでしょうか。どうせ昔のことですから誰《たれ》もよくわかりませんが多分|偽《うそ》ではないでしょうか。
 どうしてって、私はその偽の方の話をも一つちゃんと知ってるんです。それはあんまりちかごろ起ったことでもうそれがうそなことは疑いもなにもありません。実はゆうべ起ったことなのです。
 さあ、ご覧なさい。やはりあの大きな川の岸で、狐《きつね》の住んでいた処《ところ》から半町ばかり離れた所に平右衛門という人の家があります。
 平右衛門は今年の春村会議員になりました。それですから今夜はそのお祝いで親類はみな呼ばれました。
 もうみんな大よろこび、ワッハハ、アッハハ、よう、おらおととい町さ行ったら魚屋の店で章魚《たこ》といかとが立ちあがって喧嘩《けんか》した、ワッハハ、アッハハ、それはほんとか、それがらどうした、うん、かつおぶしが仲裁に入った、ワッハハ、アッハハ、それからどうした、ウン、するとかつおぶしがウウゥイ、ころは元禄《げんろく》十四年んん、おいおい、それは何だい、うん、なにさ、かつおぶしだもふしばがり、ワッハハアッハハ、まあのめ、さあ一杯、なんて大さわぎでした。ところがその中に一人一向笑わない男がありました。それは小吉《こきち》という青い小さな意地悪の百姓でした。
 小吉はさっきから怒ってばかりいたのです。(第一おら、下座《しもざ》だちゅうはずぁあんまい、ふん、お椀《わん》のふぢぁ欠げでる、油煙はばやばや、さがなの眼玉は白くてぎろぎろ、誰《だ》っても盃《さかずき》よごさないえい糞《くそ》面白ぐもなぃ)とうとう小吉がぷっと座を立ちました。
 平右衛門が、
「待て、待て、小吉。もう一杯やれ、待てったら」と言っていましたが小吉はぷいっと下駄《げた》をはいて表に出てしまいました。
 空がよく晴れて十三日の月がその天辺《てっぺん》にかかりました。小吉が門を出ようとしてふと足もとを見ますと門の横の田の畔《くろ》に疫病除《やくびょうよ》けの「源の大将」が立っていました。
 それは竹へ半紙を一枚はりつけて大きな顔を書いたものです。
 その「源の大将」が青い月のあかりの中でこと更顔を横にまげ眼を瞋《いか》らせて小吉をにらんだように見えました。小吉も怒ってすぐそれを引っこ抜いて田の中に投げてしまおうとしましたが俄《にわ》かに何を考えたのかにやりと笑ってそれを路のまん中に立て直しました。
 そして又ひとりでぷんぷんぷんぷん言いながら二つの低い丘を越えて自分の家に帰り、おみやげを待っていた子供を叱《しか》りつけてだまって床にもぐり込んでしまいました。
 ちょうどその頃平右衛門の家ではもう酒盛りが済みましたので、お客様はみんなでご馳走《ちそう》の残りを藁《わら》のつとに入れて、ぶらりぶらりと提げながら、三人ずつぶっつかったり、四人ずつぶっつかり合ったりして、門の処《ところ》まで出て参りました。
 縁側に出てそれを見送った平右衛門は、みんなにわかれの挨拶《あいさつ》をしました。
「それではお気をつけて。おみやげをとっこべとらこに取られなぃようにアッハッハッハ」
 お客さまの中の一人がだらりと振り向いて返事しました。
「ハッハッハ。とっこべとらこだらおれの方で取って食ってやるべ」
 その語《ことば》がまだ終らないうちに、神出鬼没のとっこべとらこが、門の向うの道のまん中にまっ白な毛をさか立てて、こっちをにらんで立ちました。
「わあ、出た出た。逃げろ。逃げろ」
 もう大へんなさわぎです。みんな泥足でヘタヘタ座敷へ逃げ込みました。
 平右衛門は手早くなげしから薙刀《なぎなた》をおろし、さやを払い物凄《ものすご》い抜身をふり廻しましたので一人のお客さまはあぶなく赤いはなを切られようとしました。
 平右衛門はひらりと縁側から飛び下りて、はだしで門前の白狐《びゃっこ》に向って進みます。
 みんなもこれに力を得てかさかさしたときの声をあげて景気をつけ、ぞろぞろ随《つ》いて行きました。
 さて平右衛門もあまりといえばありありとしたその白狐の姿を見ては怖さが咽喉《のど》までこみあげましたが、みんなの手前もありますので、やっと一声切り込んで行きました。
 たしかに手ごたえがあって、白いものは薙刀の下で、プルプル動いています。
「仕留めたぞ。仕留めたぞ。みんな来い」と平右衛門は叫びました。
「さすがは畜生の悲しさ、もろいもんだ」とみんなは悦《よろこ》び勇んで狐《きつね》の死骸《しがい》を囲みました。
 ところがどうです。今度はみんなは却《かえ》ってぎっくりしてしまいました。そうでしょう。
 その古い狐は、もう身代りに疫病《やくびょう》よけの「源の大将」などを置いて、どこかへ逃げているのです。
 みん
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