った。

      八月十四日

 しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]は、今日は、毒もみ[#「毒もみ」に傍点]の丹礬《たんぱん》をもって来た。あのトラホームの眼《め》のふちを擦《こす》る青い石だ。あれを五かけ、紙に包んで持って来て、ぼくをさそった。巡査に押へられるよと云ったら、田から流れて来たと云へばいいと云った。けれども毒もみは卑怯《ひけふ》だから、ぼくは厭《いや》だと答へたら、しゅっこは少し顔いろを変へて、卑怯でないよ、みみずなんかで、だまして取るよりいゝと云って、あとはあんまり、ぼくとは口を利かなかった。その代りしゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]は、そこら中を、一軒ごとにさそって歩いて、いいことをして見せるからあつまれと云って、まるで小さなこどもらまで、たくさん集めた。
 ぼくらは、蝉《せみ》が雨のやうに鳴いてゐるいつもの松林を通って、それから、祭のときの瓦斯《ガス》のやうな匂《にほひ》のむっとする、ねむの河原を急いで抜けて、いつものさいかち淵《ぶち》に行った。今日なら、もうほんたうに立派な雲の峰が、東でむくむく盛りあがり、みみづくの頭の形をした鳥《てう》ヶ森《もり》も、ぎらぎら青く光って見えた。しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]が、あんまり急いで行くもんだから、小さな子どもらは、追ひつくために、まるで半分|馳《か》けた。みんな急いで着物をぬいで、淵の岸に立つと、しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]が云った。
「ちゃんと一列にならべ。いいか。魚浮いて来たら、泳いで行ってとれ。とった位|与《や》るぞ。いいか。」
 小さなこどもらは、よろこんで顔を赤くして、押しあったりしながら、ぞろっと淵を囲んだ。ぺ吉だの三四人は、もう泳いで、さいかちの木の下まで行って待ってゐた。
 しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]が、大威張りで、あの青いたんぱんを、淵《ふち》の中に投げ込んだ。それから、みんなしぃんとして、水をみつめて立ってゐた。ぼくは、からだが上流《かみ》の方へ動いてゐるやうな気持ちになるのがいやなので、水を見ないで、向ふの雲の峰の上を通る黒い鳥を見てゐた。ところがそれからよほどたっても、魚は浮いて来なかった。しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]は大へんまじめな顔で、きちんと立って水を見てゐた。昨日|発破《はっぱ》をかけたときなら、もう十疋もとってゐたんだと、ぼくは思った。またずゐぶんし
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