ばらくみんなしぃんとして待った。けれどもやっぱり、魚は一ぴきも浮いて来なかった。
「さっぱり魚、浮ばなぃよ。」三郎が叫んだ。しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]はびくっとしたけれども、まだ一しんに水を見てゐた。
「魚さっぱり浮ばなぃよ。」ぺ吉が、また向ふの木の下で云った。するともう子どもらは、がやがや云ひ出して、みんな水に飛び込んでしまった。
しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]は、しばらくきまり悪さうに、しゃがんで水を見てゐたけれど、たうとう立って、
「鬼っこしないか。」と云った。
「する、する。」みんなは叫んで、じゃんけんをするために、水の中から手を出した。泳いでゐたものは、急いでせいの立つところまで行って手を出した。しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]が、ぼくにもはひらないかと云ったから、もちろんぼくは、はじめから怒ってゐたのでもないし、すぐ手を出した。しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]は、はじめに、昨日あの変な鼻の尖《とが》った人の上《のぼ》って行った崖《がけ》の下の、青いぬるぬるした粘土のところを根っこ[#「根っこ」に傍点]にきめた。そこに取りついてゐれば、鬼は押へることができない。それから、はさみ無しの一人まけかち[#「はさみ無しの一人まけかち」に傍点]で、じゃんけんをした。ところが、悦治はひとりはさみを出したので、みんなにうんとはやされたほかに鬼になった。悦治は、唇《くちびる》を紫いろにして、河原を走って、喜作を押へたもんだから、鬼は二人になった。それからぼくらは、砂っぱの上や淵を、あっちへ行ったり、こっちへ来たり、押へたり押へられたり、何べんも鬼っこ[#「鬼っこ」に傍点]をした。
しまひにたうとう、しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]一人が鬼になった。しゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]はまもなく吉郎《きちらう》をつかまへた。ぼくらはみんな、さいかちの木の下に居てそれを見てゐた。するとしゅっこ[#「しゅっこ」に傍点]が、吉郎、汝《おまい》、上流《かみ》から追って来い、追へ、追へ、と云ひながら、自分はだまって立って見てゐた。吉郎は、口をあいて手をひろげて、上流《かみ》から粘土の上を追って来た。みんなは淵へ飛び込む仕度をした。ぼくは楊《やなぎ》の木にのぼった。そのとき吉郎が、たぶんあの上流《かみ》の粘土が、足についてたためだったらう、みんなの前ですべってころんでしまった。
前へ
次へ
全7ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮沢 賢治 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング