そうですよ。僕《ぼく》たちも一ぺん飛《と》んでみたいなあ」
「飛《と》べるどこじゃない。もう二か月お待《ま》ちなさい。いやでも飛《と》ばなくちゃなりません」
それから二か月めでした。私は御明神《ごみょうじん》へ行く途中《とちゅう》もう一ぺんそこへ寄《よ》ったのでした。
丘《おか》はすっかり緑《みどり》でほたるかずらの花が子供《こども》の青い瞳《ひとみ》のよう、小岩井《こいわい》の野原には牧草《ぼくそう》や燕麦《オート》がきんきん光っておりました。風はもう南から吹《ふ》いていました。
春の二つのうずのしゅげの花はすっかりふさふさした銀毛《ぎんもう》の房《ふさ》にかわっていました。野原のポプラの錫《すず》いろの葉《は》をちらちらひるがえし、ふもとの草が青い黄金《きん》のかがやきをあげますと、その二つのうずのしゅげの銀毛《ぎんもう》の房《ふさ》はぷるぷるふるえて今にも飛《と》び立ちそうでした。
そしてひばりがひくく丘《おか》の上を飛《と》んでやって来たのでした。
「今日は。いいお天気です。どうです。もう飛《と》ぶばかりでしょう」
「ええ、もう僕《ぼく》たち遠いとこへ行きますよ。どの風が僕《ぼく》たちを連《つ》れて行くかさっきから見ているんです」
「どうです。飛《と》んで行くのはいやですか」
「なんともありません。僕《ぼく》たちの仕事《しごと》はもう済《す》んだんです」
「こわかありませんか」
「いいえ、飛《と》んだってどこへ行ったって野はらはお日さんのひかりでいっぱいですよ。僕《ぼく》たちばらばらになろうたって、どこかのたまり水の上に落《お》ちようたって、お日さんちゃんと見ていらっしゃるんですよ」
「そうです、そうです。なんにもこわいことはありません。僕《ぼく》だってもういつまでこの野原にいるかわかりません。もし来年もいるようだったら来年は僕《ぼく》はここへ巣《す》をつくりますよ」
「ええ、ありがとう。ああ、僕《ぼく》まるで息《いき》がせいせいする。きっと今度《こんど》の風だ。ひばりさん、さよなら」
「僕《ぼく》も、ひばりさん、さよなら」
「じゃ、さよなら、お大事《だいじ》においでなさい」
奇麗《きれい》なすきとおった風がやって参《まい》りました。まず向《む》こうのポプラをひるがえし、青の燕麦《オート》に波《なみ》をたてそれから丘《おか》に
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