てふの実
宮沢賢治

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)灼《や》きを
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 そらのてっぺんなんか冷たくて冷たくてまるでカチカチの灼《や》きをかけた鋼《はがね》です。
 そして星が一杯です。けれども東の空はもう優しい桔梗《ききゃう》の花びらのやうにあやしい底光りをはじめました。
 その明け方の空の下、ひるの鳥でも行《ゆ》かない高い所を鋭い霜のかけらが風に流されてサラサラサラサラ南の方へ飛んで行《ゆ》きました。
 実にその微《かす》かな音が丘の上の一本いてふの木に聞える位澄み切った明け方です。
 いてふの実はみんな一度に目をさましました。そしてドキッとしたのです。今日こそはたしかに旅立ちの日でした。みんなも前からさう思ってゐましたし、昨日の夕方やって来た二羽の烏《からす》もさう云《い》ひました。
「僕《ぼく》なんか落ちる途中で眼《め》がまはらないだらうか。」一つの実が云ひました。
「よく目をつぶって行けばいゝさ。」も一つが答へました。
「さうだ。忘れてゐた。僕水筒に水をつめて置くんだった。」
「僕はね、水筒の外に薄荷水《はくかすゐ》を用意したよ。少しやらうか
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