。旅へ出てあんまり心持ちの悪い時は一寸《ちょっと》飲むといゝっておっかさんが云ったぜ。」
「なぜおっかさんは僕へは呉《く》れないんだらう。」
「だから、僕あげるよ。お母《っか》さんを悪く思っちゃすまないよ。」
 さうです。この銀杏《いてふ》の木はお母《かあ》さんでした。
 今年は千人の黄金《きん》色の子供が生れたのです。
 そして今日こそ子供らがみんな一緒に旅に発《た》つのです。お母さんはそれをあんまり悲しんで扇形《あふぎがた》の黄金の髪の毛を昨日までにみんな落してしまひました。
「ね、あたしどんな所《とこ》へ行くのかしら。」一人のいてふの女の子が空を見あげて呟《つぶ》やくやうに云ひました。
「あたしだってわからないわ、どこへも行きたくないわね。」も一人が云ひました。
「あたしどんなめにあってもいゝからお母《っか》さんの所《とこ》に居たいわ。」
「だっていけないんですって。風が毎日さう云ったわ。」
「いやだわね。」
「そしてあたしたちもみんなばらばらにわかれてしまふんでせう。」
「えゝ、さうよ。もうあたしなんにもいらないわ。」
「あたしもよ。今までいろいろわが儘《まま》ばっかし云って許
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