こになく
修羅のなみだはつちにふる)
あたらしくそらに息つけば
ほの白く肺はちぢまり
(このからだそらのみぢんにちらばれ)
いてふのこずゑまたひかり
ZYPRESSEN いよいよ黒く
雲の火ばなは降りそそぐ
[#地付き]※[#始め二重パーレン、1−2−54]一九二二、四、八※[#終わり二重パーレン、1−2−55]
[#改ページ]
春光呪咀
いつたいそいつはなんのざまだ
どういふことかわかつてゐるか
髪がくろくてながく
しんとくちをつぐむ
ただそれつきりのことだ
春は草穂に呆《ぼう》け
うつくしさは消えるぞ
(ここは蒼ぐろくてがらんとしたもんだ)
頬がうすあかく瞳の茶いろ
ただそれつきりのことだ
(おおこのにがさ青さつめたさ)
[#地付き](一九二二、四、一〇)
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有明
起伏の雪は
あかるい桃の漿《しる》をそそがれ
青ぞらにとけのこる月は
やさしく天に咽喉《のど》を鳴らし
もいちど散乱のひかりを呑む
(波羅僧羯諦《ハラサムギヤテイ》 菩提《ボージユ》 薩婆訶《ソハカ》)
[#地付き](一九二二、四、一三)
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谷
ひかりの澱
三角ばたけのうしろ
かれ草層の上で
わたくしの見ましたのは
顔いつぱいに赤い点うち
硝子|様《やう》鋼青のことばをつかつて
しきりに歪み合ひながら
何か相談をやつてゐた
三人の妖女たちです
[#地付き](一九二二、四、二〇)
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陽ざしとかれくさ
どこからかチーゼルが刺し
光《くわう》パラフヰンの 蒼いもや
わをかく わを描く からす
烏の軋り……からす器械……
(これはかはりますか)
(かはります)
(これはかはりますか)
(かはります)
(これはどうですか)
(かはりません)
(そんなら おい ここに
雲の棘をもつて来い はやく)
(いゝえ かはります かはります)
………………………刺し
光パラフヰンの蒼いもや
わをかく わを描く からす
からすの軋り……からす機関
[#地付き](一九二二、四、二三)
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雲の信号
あゝいゝな せいせいするな
風が吹くし
農具はぴかぴか光つてゐるし
山はぼんやり
岩頸《がんけい》だつて岩鐘《がんしよう》だつて
みんな時間のないころのゆめをみてゐるのだ
そのとき雲の信号は
もう青白い春の
禁慾のそら高く掲《かか》げられてゐた
山はぼんやり
きつと四本杉には
今夜は雁もおりてくる
[#地付き](一九二二、五、一〇)
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風景
雲はたよりないカルボン酸
さくらは咲いて日にひかり
また風が来てくさを吹けば
截られたたらの木もふるふ
さつきはすなつちに廐肥《きうひ》をまぶし
(いま青ガラスの模型の底になつてゐる)
ひばりのダムダム弾《だん》がいきなりそらに飛びだせば
風は青い喪神をふき
黄金の草 ゆするゆする
雲はたよりないカルボン酸
さくらが日に光るのはゐなか風《ふう》だ
[#地付き](一九二二、五、一二)
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習作
キンキン光る
西班尼《すぱにあ》製です
(つめくさ つめくさ)
こんな舶来の草地でなら
黒砂糖のやうな甘つたるい声で唄つてもいい
と ┃ また鞭をもち赤い上着を着てもいい
ら ┃ ふくふくしてあたたかだ
よ ┃ 野ばらが咲いてゐる 白い花
と ┃ 秋には熟したいちごにもなり
す ┃ 硝子のやうな実にもなる野ばらの花だ
れ ┃ 立ちどまりたいが立ちどまらない
ば ┃ とにかく花が白くて足なが蜂のかたちなのだ
そ ┃ みきは黒くて黒檀《こくたん》まがひ
の ┃ (あたまの奥のキンキン光つて痛いもや)
手 ┃ このやぶはずゐぶんよく据ゑつけられてゐると
か ┃ かんがへたのはすぐこの上だ
ら ┃ じつさい岩のやうに
こ ┃ 船のやうに
と ┃ 据ゑつけられてゐたのだから
り ┃ ……仕方ない
は ┃ ほうこの麦の間に何を播いたんだ
そ ┃ すぎなだ
ら ┃ すぎなを麦の間作ですか
へ ┃ 柘植《つげ》さんが
と ┃ ひやかしに云つてゐるやうな
ん ┃ そんな口調《くてう》がちやんとひとり
で ┃ 私の中に棲んでゐる
行 ┃ 和賀《わが》の混《こ》んだ松並木のときだつて
く ┃ さうだ
[#「┃」は一本につながった罫線]
[#地付き](一九二二、五、一四)
[#改ページ]
休息
そのきらびやかな空間の
上部にはきんぽうげが咲き
(上等の butter−cup《バツタカツプ》 ですが
牛酪《バター》よりは硫黄と蜜とです)
下にはつめくさや芹がある
ぶりき細工のと
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