んぼが飛び
雨はぱちぱち鳴つてゐる
 (よしきりはなく なく
  それにぐみの木だつてあるのだ)
からだを草に投げだせば
雲には白いとこも黒いとこもあつて
みんなぎらぎら湧いてゐる
帽子をとつて投げつければ黒いきのこしやつぽ
ふんぞりかへればあたまはどての向ふに行く
あくびをすれば
そらにも悪魔がでて来てひかる
 このかれくさはやはらかだ
 もう極上のクツシヨンだ
雲はみんなむしられて
青ぞらは巨きな網の目になつた
それが底びかりする鉱物板だ
 よしきりはひつきりなしにやり
 ひでりはパチパチ降つてくる
[#地付き](一九二二、五、一四)
[#改ページ]

  おきなぐさ


風はそらを吹き
そのなごりは草をふく
おきなぐさ冠毛《くわんもう》の質直《しつぢき》
松とくるみは宙に立ち
  (どこのくるみの木にも
   いまみな金《きん》のあかごがぶらさがる)
ああ黒のしやつぽのかなしさ
おきなぐさのはなをのせれば
幾きれうかぶ光酸《くわうさん》の雲
[#地付き](一九二二、五、一七)
[#改ページ]

  かはばた


かはばたで鳥もゐないし
(われわれのしよふ燕麦《オート》の種子《たね》は)
風の中からせきばらひ
おきなぐさは伴奏をつゞけ
光のなかの二人の子
[#地付き](一九二二、五、一七)
[#改丁、ページの左右中央に]

       真空溶媒

[#改ページ]

  真空溶媒
    (Eine Phantasie im Morgen)


融銅はまだ眩《くら》めかず
白いハロウも燃えたたず
地平線ばかり明るくなつたり陰《かげ》つたり
はんぶん溶けたり澱んだり
しきりにさつきからゆれてゐる
おれは新らしくてパリパリの
銀杏《いてふ》なみきをくぐつてゆく
その一本の水平なえだに
りつぱな硝子のわかものが
もうたいてい三角にかはつて
そらをすきとほしてぶらさがつてゐる
けれどもこれはもちろん
そんなにふしぎなことでもない
おれはやつぱり口笛をふいて
大またにあるいてゆくだけだ
いてふの葉ならみんな青い
冴えかへつてふるへてゐる
いまやそこらは alcohol 瓶のなかのけしき
白い輝雲《きうん》のあちこちが切れて
あの永久の海蒼《かいさう》がのぞきでてゐる
それから新鮮なそらの海鼠《なまこ》の匂
ところがおれはあんまりステツキをふりすぎた
こんなににはかに木がなくなつて
眩ゆい芝生《しばふ》がいつぱいいつぱいにひらけるのは
さうとも 銀杏並樹《いてふなみき》なら
もう二哩もうしろになり
野の緑青《ろくしやう》の縞のなかで
あさの練兵をやつてゐる
うらうら湧きあがる昧爽《まいさう》のよろこび
氷ひばりも啼いてゐる
そのすきとほつたきれいななみは
そらのぜんたいにさへ
かなりの影《えい》きやうをあたへるのだ
すなはち雲がだんだんあをい虚空に融けて
たうとういまは
ころころまるめられたパラフヰンの団子《だんご》になつて
ぽつかりぽつかりしづかにうかぶ
地平線はしきりにゆすれ
むかふを鼻のあかい灰いろの紳士が
うまぐらゐあるまつ白な犬をつれて
あるいてゐることはじつに明らかだ
 (やあ こんにちは)
 (いや いゝおてんきですな)
 (どちらへ ごさんぽですか
  なるほど ふんふん ときにさくじつ
  ゾンネンタールが没《な》くなつたさうですが
  おききでしたか)
 (いゝえ ちつとも
  ゾンネンタールと はてな)
 (りんごが中《あた》つたのださうです)
 (りんご ああ なるほど
  それはあすこにみえるりんごでせう)
はるかに湛《たた》へる花紺青の地面から
その金いろの苹果《りんご》の樹が
もくりもくりと延びだしてゐる
 (金皮のまゝたべたのです)
 (そいつはおきのどくでした
  はやく王水をのませたらよかつたでせう)
 (王水 口をわつてですか
  ふんふん なるほど)
 (いや王水はいけません
  やつぱりいけません
  死ぬよりしかたなかつたでせう
  うんめいですな
  せつりですな
  あなたとはご親類ででもいらつしやいますか)
 (えゝえゝ もうごくごく遠いしんるゐで)
いつたいなにをふざけてゐるのだ
みろ その馬ぐらゐあつた白犬が
はるかのはるかのむかふへ遁げてしまつて
いまではやつと南京鼠《なんきんねずみ》のくらゐにしか見えない
 (あ わたくしの犬がにげました)
 (追ひかけてもだめでせう)
 (いや あれは高価《たか》いのです
  おさへなくてはなりません
  さよなら)
苹果《りんご》の樹がむやみにふえた
おまけにのびた
おれなどは石炭紀の鱗木《りんぼく》のしたの
ただいつぴきの蟻でしかない
犬も紳士もよくはしつたもんだ
東のそらが苹果林《りんごばやし》のあしなみに
いつぱい琥珀をはつてゐる

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