@(十一時十五分 その蒼じろく光る盤面《ダイアル》)
鳥は雲のこつちを上下する
ここから今朝舟が滑つて行つたのだ
砂に刻まれたその船底の痕と
巨きな横の台木のくぼみ
それはひとつの曲つた十字架だ
幾本かの小さな木片で
HELL と書きそれを LOVE となほし
ひとつの十字架をたてることは
よくたれでもがやる技術なので
とし子がそれをならべたとき
わたくしはつめたくわらつた
(貝がひときれ砂にうづもれ
白いそのふちばかり出てゐる)
やうやく乾いたばかりのこまかな砂が
この十字架の刻みのなかをながれ
いまはもうどんどん流れてゐる
海がこんなに青いのに
わたくしがまだとし子のことを考へてゐると
なぜおまへはそんなにひとりばかりの妹を
悼んでゐるかと遠いひとびとの表情が言ひ
またわたくしのなかでいふ
(Casual observer ! Superficial traveler !)
空があんまり光ればかへつてがらんと暗くみえ
いまするどい羽をした三羽の鳥が飛んでくる
あんなにかなしく啼きだした
なにかしらせをもつてきたのか
わたくしの片つ方のあたまは痛く
遠くなつた栄浜の屋根はひらめき
鳥はただ一羽硝子笛を吹いて
玉髄の雲に漂つていく
町やはとばのきららかさ
その背のなだらかな丘陵の鴾いろは
いちめんのやなぎらんの花だ
爽やかな苹果青《りんごせい》の草地と
黒緑とどまつの列
(ナモサダルマプフンダリカサスートラ)
五匹のちひさないそしぎが
海の巻いてくるときは
よちよちとはせて遁げ
(ナモサダルマプフンダリカサスートラ)
浪がたひらにひくときは
砂の鏡のうへを
よちよちとはせてでる
[#地付き](一九二三、八、四)
[#改ページ]
樺太鉄道
やなぎらんやあかつめくさの群落
松脂岩薄片のけむりがただよひ
鈴谷山脈は光霧か雲かわからない
(灼かれた馴鹿の黒い頭骨は
線路のよこの赤砂利に
ごく敬虔に置かれてゐる)
そつと見てごらんなさい
やなぎが青くしげつてふるへてゐます
きつとポラリスやなぎですよ
おお満艦飾のこのえぞにふの花
月光いろのかんざしは
すなほなコロボツクルのです
(ナモサダルマプフンダリカサスートラ)
Van't Hoff の雲の白髪の崇高さ
崖にならぶものは聖白樺《セントベチユラアルバ》
青びかり野はらをよ
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