いつたほどだ
 (ゆきがかたくはなかつたやうだ
  なぜならそりはゆきをあげた
  たしかに酵母のちんでんを
  冴えた気流に吹きあげた)
あのときはきらきらする雪の移動のなかを
ひとはあぶなつかしいセレナーデを口笛に吹き
往つたりきたりなんべんしたかわからない
   (四列の茶いろな落葉松《らくえふしよう》)
けれどもあの調子はづれのセレナーデが
風やときどきぱつとたつ雪と
どんなによくつりあつてゐたことか
それは雪の日のアイスクリームとおなじ
 (もつともそれなら暖炉《だんろ》もまつ赤《か》だらうし
  muscovite も少しそつぽに灼《や》けるだらうし
  おれたちには見られないぜい沢《たく》だ)
春のヴアンダイクブラウン
きれいにはたけは耕耘された
雲はけふも白金《はくきん》と白金黒《はくきんこく》
そのまばゆい明暗《めいあん》のなかで
ひばりはしきりに啼いてゐる
  (雲の讃歌《さんか》と日の軋《きし》り)
それから眼をまたあげるなら
灰いろなもの走るもの蛇に似たもの 雉子だ
亜鉛鍍金《あえんめつき》の雉子なのだ
あんまり長い尾をひいてうららかに過ぎれば
もう一疋が飛びおりる
山鳥ではない
 (山鳥ですか? 山で? 夏に?)
あるくのははやい 流れてゐる
オレンヂいろの日光のなかを
雉子はするするながれてゐる
啼いてゐる
それが雉子の声だ
いま見はらかす耕地のはづれ
向ふの青草の高みに四五本乱れて
なんといふ気まぐれなさくらだらう
みんなさくらの幽霊だ
内面はしだれやなぎで
鴾《とき》いろの花をつけてゐる
  (空でひとむらの海綿白金《プラチナムスポンヂ》がちぎれる)
それらかゞやく氷片の懸吊《けんてう》をふみ
青らむ天のうつろのなかへ
かたなのやうにつきすすみ
すべて水いろの哀愁を焚《た》き
さびしい反照《はんせう》の偏光《へんくわう》を截れ
いま日を横ぎる黒雲は
侏羅《じゆら》や白堊のまつくらな森林のなか
爬虫《はちゆう》がけはしく歯を鳴らして飛ぶ
その氾濫の水けむりからのぼつたのだ
たれも見てゐないその地質時代の林の底を
水は濁つてどんどんながれた
いまこそおれはさびしくない
たつたひとりで生きて行く
こんなきままなたましひと
たれがいつしよに行けようか
大びらにまつすぐに進んで
それでいけないといふのなら
田舎ふうのダブルカラなど引き裂いてしま
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