『春と修羅』補遺
宮沢賢治
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)蠕虫舞手《アンネリダタンツエーリン》
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(例)郵便|脚夫《きやくふ》
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目次
『春と修羅』補遺
手簡
〔堅い瓔珞はまっすぐに下に垂れます〕
厨川停車場
青森挽歌 三
津軽海峡
駒ヶ岳
旭川
宗谷挽歌
自由画検定委員
[#改丁]
手簡
雨がぽしゃぽしゃ降ってゐます。
心象の明滅をきれぎれに降る透明な雨です。
ぬれるのはすぎなやすいば、
ひのきの髪は延び過ぎました。
私の胸腔は暗くて熱く
もう醗酵をはじめたんぢゃないかと思ひます。
雨にぬれた緑のどてのこっちを
ゴム引きの青泥いろのマントが
ゆっくりゆっくり行くといふのは
実にこれはつらいことなのです。
あなたは今どこに居られますか。
早くも私の右のこの黄ばんだ陰の空間に
まっすぐに立ってゐられますか。
雨も一層すきとほって強くなりましたし。
誰か子供が噛んでゐるのではありませんか。
向ふではあの男が咽喉をぶつぶつ鳴らします。
いま私は廊下へ出ようと思ひます。
どうか十ぺんだけ一緒に往来して下さい。
その白びかりの巨きなすあしで
あすこのつめたい板を
私と一緒にふんで下さい。
[#地付き](一九二二ヽ五ヽ一二ヽ)
[#改ページ]
〔堅い瓔珞はまっすぐに下に垂れます〕
〔冒頭原稿なし〕
堅い瓔珞はまっすぐに下に垂れます。
実にひらめきかゞやいてその生物は堕ちて来ます。
まことにこれらの天人たちの
水素よりもっと透明な
悲しみの叫びをいつかどこかで
あなたは聞きはしませんでしたか。
まっすぐに天を刺す氷の鎗の
その叫びをあなたはきっと聞いたでせう。
けれども堕ちるひとのことや
又溺れながらその苦い鹹水を
一心に呑みほさうとするひとたちの
はなしを聞いても今のあなたには
たゞある愚かな人たちのあはれなはなし
或は少しめづらしいことにだけ聞くでせう。
けれどもたゞさう考へたのと
ほんたうにその水を噛むときとは
まるっきりまるっきりち
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