まるっきり肖たものもあるもんだ、
法隆寺の停車場で
すれちがふ汽車の中に
まるっきり同じわらすさ。」
父がいつかの朝さう云ってゐた。
そして私だってさうだ
あいつが死んだ次の十二月に
酵母のやうなこまかな雪
はげしいはげしい吹雪の中を
私は学校から坂を走って降りて来た。
まっ白になった柳沢洋服店のガラスの前
その藍いろの夕方の雪のけむりの中で
黒いマントの女の人に遭った。
帽巾に目はかくれ
白い顎ときれいな歯
私の方にちょっとわらったやうにさへ見えた。
(それはもちろん風と雪との屈折率の関係だ。)
私は危なく叫んだのだ。
(何だ、うな、死んだなんて
いゝ位のごと云って
今ごろ此処ら歩てるな。)
又たしかに私はさう叫んだにちがひない。
たゞあんな烈しい吹雪の中だから
その声は風にとられ
私は風の中に分散してかけた。
「太洋を見はらす巨きな家の中で
仰向けになって寝てゐたら
もしもしもしもしって云って
しきりに巡査が起してゐるんだ。」
その皺くちゃな寛い白服
ゆふべ一晩そんなあなたの電燈の下で
こしかけてやって来た高等学校の先生
青森へ着いたら
苹果をたべると云ふんですか。
海が藍※[#「(靜−爭)+定」、第4水準2−91−94]に光ってゐる
いまごろまっ赤な苹果はありません。
爽やかな苹果青のその苹果なら
それはもうきっとできてるでせう。
[#地付き](一九二三ヽ八ヽ一ヽ)
[#改ページ]

  津軽海峡


夏の稀薄から却って玉髄の雲が凍える
亜鉛張りの浪は白光の水平線から続き
新らしく潮で洗ったチークの甲板の上を
みんなはぞろぞろ行ったり来たりする。
中学校の四年生のあのときの旅ならば
けむりは砒素鏡の影を波につくり
うしろへまっすぐに流れて行った。
今日はかもめが一疋も見えない。
 (天候のためでなければ食物のため、
  じっさいベーリング海峡の氷は
  今年はまだみんな融け切らず
  寒流はぢきその辺まで来てゐるのだ。)
向ふの山が鼠いろに大へん沈んで暗いのに
水はあんまりまっ白に湛へ
小さな黒い漁船さへ動いてゐる。
(あんまり視野が明る過ぎる
 その中の一つのブラウン氏運動だ。)
いままではおまへたち尖ったパナマ帽や
硬い麦稈のぞろぞろデックを歩く仲間と
苹果を食ったり遺伝のはなしをしたりしたが
いつまでもそんなお付き合ひはしてゐられない。
さあいま帆綱はぴ
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