もびつくりして飛び起きてくるとこの有様でした。けれども流石《さすが》に男だけに、気を落付けて訊《き》きました――
「もし/\お姫様、あなたは何だつて此処へおいでになりました。そして又この慈悲心正助に何の御用がおありなさいますか?」
竜の駒の背中にのつた美しい女は答へました――
「ちつとも恐がることもなければ、吃驚《びつくり》なさることもありません。私《わたし》は竜宮から来た使者《つかひ》でございます。正助さんを竜王さま、乙姫《おとひめ》さまが御召《おめし》でございます。どうぞ御面倒ですが、一寸私について来て下さい。」
正助爺さんは、初めは少々恐がつて、一緒に行くことを躊躇《ちうちよ》しましたが、道案内が、か弱い女のことですから、何でもなからうと安心してその女について海岸まで参りますと、そこには別に一疋のもつと大きな竜の駒がをりまして、正助爺さんを乗せ、竜宮のお使ひを先に立てゝ浪《なみ》の中へさつと駆け込みました。すると不思議なことには正助爺さん達の行く処《ところ》は、まるで壁で仕切りをしたやうに海の水が両方に分れて、陸《をか》を行くのとちつとも変りがありません。驚いて後《うしろ》を振り返つてみますと、そこはもう水ばかりで、白い浪《なみ》が物凄《ものすご》いやうに吼《ほ》えたり、噛《か》み合つたりして、岸の方へ押掛て行くのが見えました。
おほよそ二三十丁も来たかと思ふと、突然|眼《め》の前に立派なお城が見えました。近づいてみますと、門には竜宮といふ字を真珠を熔《と》かして書き、それを紅珊瑚《べにさんご》の玉で縁取つた素晴らしい大きな額をかけて、その中には矢張り鱗模様《うろこもやう》の着物に、魚形の冠を被《かぶ》つた番兵がついてをりました。
正助爺さんはこの門を通つて、お城の中へ参りましたが、その美しいのに恍惚《うつとり》として、危《あやう》く竜の駒から落ちようとしたことが幾度あつたか知れません。
とある玄関で駒をすて、迎へに出た女官につれられて立派なお坐敷《ざしき》に通り、暫《しばら》く待つてゐると、竜王と、乙姫とが沢山な家来をつれて其処へおでましになりました。
「これ正助。」と竜王は仰せられました。「お前が夕方|私《わたし》にくれた天の羽衣は、この乙姫が前から手に入れようとして、どうしても求めることの出来なかつたものぢや。それがお前の殊勝な心掛で計らずも手に入つたので、乙姫は勿論《もちろん》、わしもことの外満足ぢや。何はなくとも先づ一献過せ。」
そこで大変立派な御馳走《ごちさう》が出まして、正助爺さん、すつかりいい気持に酔つて夜の更けるのも知りませんでしたが、そのうちに東が白んで来ましたので、やうやく気がついて、お暇乞《いとまご》ひを申しますと、乙姫は侍女にいひつけ一つの美しい箱を持つて来さしました。
「正助や。」と、乙姫は申されました。「この箱には一疋の犬が這入《はひ》つてゐる。これはお前が天の羽衣を私《わたし》に贈つてくれたお礼です。侍女から、よくその養ひ方を教はつて行きなさい。」
正助爺さんは有難くお受け申して、又もとのとほり竜の駒に乗つて海岸まで送つてもらひました。その時侍女は、かう申しました――
「この犬には毎日|小豆《あづき》を五合づゝよく煮て喰《た》べさせてお置きなさい。さうすると夜中に糞《ふん》の代りに五合だけの黄金《きん》をします。だけれど五合以上は決して喰べさせてはなりませんから。そこはよく気をおつけなさい。」
成程、侍女が教へたとほり、五合の小豆をよく煮て喰べさせますと、その犬は夜中に五合だけの黄金《きん》を出してゐましたから、爺さんも婆さんも一寸の間に大金持になりました。けれども無慾《むよく》で慈悲心の深い人達《ひとたち》ですから、さうして取つた黄金《きん》も隣近所の貧乏人なんかに多くは恵みますから、人は皆この二人の年寄を褒《ほ》めないものはありませんでした。
ところがその隣りに一人の名高い強慾婆《がうよくばあ》さんがをりました。慈悲心正助のうちが俄《にはか》に大金持になつたのに不審を抱き、或日《あるひ》、その家《うち》へ行つて、どうしてそんなに金持になつたのかと訊きました。慈悲心正助は正直なものですから、すつかり打明《うちあけ》て話しますと、それぢや私《わたし》にその犬を二三日貸して下さいと、慾張婆《よくばりばあ》さんが申しました。
「えゝゝお安い御用です、さあどうぞお持ちなさい。」と、正助のところでは快く犬をかしてやりました。
然し二三日どころか五日経つても、又六日経つても犬を返して来ませんので、取りに行つてみると、慾張婆はひどい見幕で呶鳴《どな》りつけました。
「お前達《まへたち》は大うそつきだ。黄金《きん》を出すどころか、したゝかに糞《うんこ》をしたので、私《わたし》は腹が
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