しい、気高い十八九の美人が巻物を手にもつてそこに立つてをりました。白い真珠色の衣服《きもの》の袖口《そでくち》には、広い黒天鵞絨《くろびろうど》のやうなものでふちが取つてあつて、頭には紅《あか》い絹で飾りをつけてをりました。
「おぢいさん、おばあさん。しばらくでございましたね。」と、その女は懐しさうに申しました。お爺さんは不思議さうに、
「へえ、どなた様でいらつしやいますか、とんとお見忘れ申しました。どうぞ御免下さいませ。」と、ペコ/\頭を下げました。
美人はにつこりしました。
「おやもうお忘れですか? なる程姿が変つてをりますから無理もありません。私《わたし》は一月前まであなたがたに飼はれてをつた鶴でございます。どうも命を助けていたゞいた上、なみ/\ならぬ親切なお世話を受けまして、ほんとに有難く思つてをります。実はあの時分王様のお猟にゆきあひまして、その時|鷹《たか》に羽をいためられましたが、やう/\あすこまで逃げて、田の中の畦《あぜ》へ降りますと、若い者に見付かつて、あぶなく殺されるところでした。そこへ丁度おぢいさんが来て助けて下さつたのでした。私は七夕様の織女でございます。丁度|天《あま》の川《がは》の向うまであの日はお使ひに参つたところでございましたので、私が帰るのが遅いと、御主人様は大そう心配していらつしやいましたが、私が帰つて詳しくお話を致しますと、御主人様は大悦《おほよろ》こびで、それではその御礼に、おぢいさん、おばあさんに天の羽衣を織つて、御礼にあげなさいと、仰《おつしや》いました。そこで私が心をこめてこれを織りました。で、どうか十二月三十日の夜に、天の羽衣、鶴の羽衣と言つて、売つて歩いて下さいまし。その代金は御二人が生涯《しやうがい》たのしく、お楽に暮していかれるだけはございます。どうぞ随分とお身体《からだ》をお大事に、いのち長くお暮しなさい。」
鶴の美人はさう申しまして、この天の羽衣を渡して、立ち去りました。
と、二人は夢から醒めました。然《しか》し鶴の美人が手にもつてゐた巻物は確《たしか》にそこに置いてありました。
さて十二月三十日の夜になりますとお爺さんは鶴の美人に教はつたとほりに、
「天の羽衣、鶴の羽衣。」と、いつて売つて歩きました。
「天の羽衣とはどんなものか、一寸《ちよつと》見せなさい。」と言つて、見るものもありました。けれどもそれは一寸見たゞけでは只《ただ》真白《まつしろ》な絹布のやうに見えました。
「なんだ、こりや白羽二重《しろはぶたへ》ぢやないか。こんなものが何で天の羽衣だ。」
その人は嘲《あざけ》り笑つて立ち去りました。すると又一人の女が見せてくれと言ひますから、出してみせますと、かう申しました――
「マア珍らしく奇麗だこと、そしていくらで売らうといふのだね。」
「えゝ千両で売り度いと存じます。」
「マア途方もない! せめて十両ぐらゐなら私《わたし》も買つてみようけれど……」
その女は驚いたふうをして立ち去りました。こんな工合で、一日中売つて歩きましたけれど、誰《だれ》も買つてくれる人がありません。お爺さんはガツカリして、とある海岸までくると、かう思ひました――
「えゝ天人のものなんかは地の人間が買やしない。私達《わたしたち》がいつまで之《これ》をもつてゐたところが何の用にもたりないから、いつそのこと是《これ》は竜宮様へ差し上げてしまへ。」と、海の中へ天の羽衣を抛《はふ》り込んで、さつさと家《うち》へ帰り、床に入つて、寝てしまひました。すると間もなく戸口で鈴をかけた馬の音が聞えて、それが立止まつたかと思ふと、誰《だれ》やらがトン/\と叩《たた》きます。
「どなたですか今頃《いまごろ》戸をお叩きなさるのは?」と、爺さんは睡《ねむ》い眼をこすり/\申しました。
「こちらでせう、慈悲心正助《じひしんしやうすけ》さんといふ方のお家は?」
「え、さうですよ、あなたはどちらからおいでになりましたか?」
「一寸、此処《ここ》を開けて下さい。さうすればお分りになります。」
婆さんもその物音に目を醒《さま》しました。そして起きて戸を開けてみますと、吃驚《びつくり》して、思はずアッと言つて、尻餅《しりもち》を搗《つ》くところでした。といふのは、其処《そこ》には一|疋《ぴき》の竜の駒《こま》(たつのおとしご)の大きなのが、金銀、珊瑚《さんご》、真珠などの飾りのついた鞍《くら》を置かれ、その上には魚の形をした冠に、鱗《うろこ》の模様のついた広袖を着た美しい女が立つてをりました。
お婆さんはすつかり驚いてしまひました。
「ぢいさん/\大変なものが舞ひ込んだ。お怪《ば》けが来た。早く此処へ来て戸を閉めて下さい。私は恐《こは》くて、もう足も腰もかなはない。」とお婆さんは呶鳴《どな》りました。
お爺さん
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