それは一寸見たゞけでは只《ただ》真白《まつしろ》な絹布のやうに見えました。
「なんだ、こりや白羽二重《しろはぶたへ》ぢやないか。こんなものが何で天の羽衣だ。」
その人は嘲《あざけ》り笑つて立ち去りました。すると又一人の女が見せてくれと言ひますから、出してみせますと、かう申しました――
「マア珍らしく奇麗だこと、そしていくらで売らうといふのだね。」
「えゝ千両で売り度いと存じます。」
「マア途方もない! せめて十両ぐらゐなら私《わたし》も買つてみようけれど……」
その女は驚いたふうをして立ち去りました。こんな工合で、一日中売つて歩きましたけれど、誰《だれ》も買つてくれる人がありません。お爺さんはガツカリして、とある海岸までくると、かう思ひました――
「えゝ天人のものなんかは地の人間が買やしない。私達《わたしたち》がいつまで之《これ》をもつてゐたところが何の用にもたりないから、いつそのこと是《これ》は竜宮様へ差し上げてしまへ。」と、海の中へ天の羽衣を抛《はふ》り込んで、さつさと家《うち》へ帰り、床に入つて、寝てしまひました。すると間もなく戸口で鈴をかけた馬の音が聞えて、それが立止まつたかと思ふと、誰《だれ》やらがトン/\と叩《たた》きます。
「どなたですか今頃《いまごろ》戸をお叩きなさるのは?」と、爺さんは睡《ねむ》い眼をこすり/\申しました。
「こちらでせう、慈悲心正助《じひしんしやうすけ》さんといふ方のお家は?」
「え、さうですよ、あなたはどちらからおいでになりましたか?」
「一寸、此処《ここ》を開けて下さい。さうすればお分りになります。」
婆さんもその物音に目を醒《さま》しました。そして起きて戸を開けてみますと、吃驚《びつくり》して、思はずアッと言つて、尻餅《しりもち》を搗《つ》くところでした。といふのは、其処《そこ》には一|疋《ぴき》の竜の駒《こま》(たつのおとしご)の大きなのが、金銀、珊瑚《さんご》、真珠などの飾りのついた鞍《くら》を置かれ、その上には魚の形をした冠に、鱗《うろこ》の模様のついた広袖を着た美しい女が立つてをりました。
お婆さんはすつかり驚いてしまひました。
「ぢいさん/\大変なものが舞ひ込んだ。お怪《ば》けが来た。早く此処へ来て戸を閉めて下さい。私は恐《こは》くて、もう足も腰もかなはない。」とお婆さんは呶鳴《どな》りました。
お爺さん
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