ちも少佐の言葉にすつかり呆《あき》れてしまつた。が、少佐はそんなことには一切おかまひなく言葉をつゞけた。
「私《わたし》はこの決闘の仕方を、もつと安全なものにかへたいと思ふのです。」
 ます/\意外だ。みんなの驚きは一方ならぬものがあつた。
「つまり双方とも死にもせず、怪我もしないで、しかも名誉を十分に保つことの出来る方法にかへたいのです。」
 誰《だれ》も口をきかなかつた。けれども、みんな、少佐は決闘が恐《こは》くなつたので、今更こんなことをいひ出したものと思ひ、卑怯な人間だと内心|軽蔑《けいべつ》してゐるのを、顔の色にあり/\とあらはしてゐた。それももつともである。だが、少佐は少しもひるまない。平気で言葉をつゞけた。
「私《わたし》はこれまで幾十度となく銃砲弾の中をくゞつて来たから、ちつぽけなピストルの弾など少しも恐れるものではない。しかし、今、私の一身は、天皇陛下と、日本のために捧《ささ》げたもので、これから生ひ立つて行く日本の新陸軍のために、非常に重大な任務を帯びてゐるものであるから、つまらぬ名誉心のために、勝手にそれを殺したり、傷つけたりすることはできないのだ。」
 少佐の言葉は次第に熱と威厳とを増して来たので、今まで軽蔑してゐた人々も、思はず襟《えり》を正しうして、耳を傾けた。
「またダンリ中尉もフランス軍にとつては、新式砲ミトライユの指揮者として、この場合、なくてならぬ人である。その重要な人が決闘で傷つき、倒れ、肝腎《かんじん》の戦場に出て、働かれぬやうなことがあつては、甚《はなは》だ遺憾である。熱烈な愛国者であるダンリ中尉の弾は、私に対してよりも、真のフランスの敵に向けらるべきものである。」
 すぢの通つた、正しい少佐の言葉を聞く人達は、まつたくそのとほりにちがひないと、うなづくのであつた。
 少佐はやはり厳然としてつゞけた。
「それだから、私《わたし》はまことに安全で、しかも我々両人にとつて最もふさはしい決闘法を提議する。それは、中尉は射撃の名手であり、私も又その方にかけては相当の自信をもつてゐる。それで二人して射撃の術くらべをしようといふのである。」
「うん、それは面白いな! 賛成だ!」と、ダンリ中尉はもうすつかり打ちとけて叫んだ。「だが、勝負はどうしてつけるのか。」
「何でも君がうつ的を、私《わたし》もうつことにする。もし私がうてなかつたなら、私が負だ。又もし君の的を私が残らずうつて、君が新たにうつべき的を見つけられない場合には、今度は私が的をえらぶから、それを君がうてばよい。それを君がうつたら、私が降参しようし、うてなかつたら、私の勝だ。」


    弾で書く文字

 話はきまつた。みんなはすぐつれ立つて射撃場へ行つた。そこには丁度フランス兵の一隊も射撃演習に来てゐたので、この珍しい決闘射撃のことを知ると、みんな見物することになつた。
 最初は普通の標的の点取射撃で、どちらも名人のことだから、無造作に満点で、勝負なしに終つた。
 次にダンリ中尉は速射をした。扱ひにくいその頃《ころ》の小銃で、一分間七発もうつて、それがいづれも黒点をうちぬくのだから、神技ともいふべき素晴しい腕前であつた。しかし、上村少佐はそれに輪をかけた速さで、一分間十発もうつて、やつぱり黒点のまん中をうちぬいて、フランスの軍人たちをあつといはせた。
 ダンリ中尉もいさゝか驚いたやうだが、今度は他《ほか》の人に銅貨を空にほふり上げさせて、それが地面に落ちきらないうちに、ポン/\打つのだつた。百発百中で、見てゐる多くの仏人たちはその見事さに手を拍つて悦んだ。けれども上村少佐にだつてそんなことはお茶の子さい/\だつた。
 ダンリ中尉は少しあせつて来た。「この爺《ぢぢい》め、なか/\の奴《やつ》だ。しかし今度は真似《まね》ができまい。」
 そこで中尉はいよ/\取つておきの手を出した。
「では、向かふに白紙を張つた衝立《ついたて》をおいて、僕《ぼく》がそれに一つ文字を射ぬいて現すから、あなたもそれをやつてごらんなさい。出来たら、僕が負けたことにしよう。僕はフランスの敵たるプロシヤの頭を打ちぬくといふ意味で、その頭字《かしらじ》P《ペー》を射ぬいてみせよう!」
 中尉はさういつて、用意された白紙張《はくしばり》の衝立に向かひ、ポン/\と、一発又一発、丹念にうつて行くと、やがてその弾痕は点々とつらなつて、大きなPの字をゑがき出した。なか/\あざやかな手際であつた。見てゐる仏軍の将士は今度こそと一斉に手をたゝいて悦んだ。
 上村少佐もニコ/\して手をうつた。そしてつか/\とダンリ中尉に近寄つて、手をさしのべた。
「立派だ! もう私《わたし》が試みる必要はない。君は今見事に敵の頭を打ちぬいて、大勝利を得た、私は心からお悦《よろこ》びを申し上げる!」
 
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