ランスのものに比べると、砲架がたくみに出来てゐて、照準がたやすくて、上向きにする角度が大きいので、弾が遠くまでとどくのだつた。又小銃もいろ/\の点が改良されて、取扱《とりあつかひ》が便利にできてゐた。
「あゝ、気の毒だが、武器の上からだけ見れば、フランスはとてもプロシヤの敵ぢやない!」
 かう見ぬいた上村少佐は、ナポレオン三世皇帝がプロシヤに対して宣戦した当日、パリーへ帰りついたのだ。


    仏独武器くらべ

 いよ/\戦争が始つた。
「ベルリンへ! ベルリンへ!」といふ叫《さけび》はます/\盛んになつて、パリーの町々はわきかへる騒《さわぎ》であつた。仏軍はぞく/\国境さして出発する。ナポレオン三世は自らセダンに赴いて、軍を指揮した。
 或日《あるひ》のこと、上村少佐は射撃場へ行つて、小銃射撃を見てゐると、ふと後《うしろ》から少佐の肩をたゝく者があつた。ふりかへつて見ると、それは以前、少佐にミトライユを得意さうにみせたエミル・ダンリ中尉といふ若い士官であつた。
「少佐上村《マジユール・カミミユラ》! しばらくでしたね!」
 中尉は青年らしい元気のいゝ顔に笑を浮かべてゐた。
「おゝ、ダンリ中尉か。久しぶりだね。私はしばらくプロシヤへ行つてゐたのでね。」
「プロシヤへ?」
 中尉は青い目を丸くして、肩をすぼめ、両手をパツと開いた。これはフランス人が軽蔑《けいべつ》の意味をあらはすときにいつもする身振である。
「ほう! 豚どもの仲間へ入つて行かれたのですか。豚小屋は臭くて仕方がありますまい。なあに、おつつけ我々があんな不潔な獣をやつつけて、きれいに掃除しますから、もう一度行かれるときには、もう臭くはありませんよ!」
 といつて、「ベルリンへ! ベルリンへ!」と、歌の文句のやうにつけ足した。
 上村少佐はこの青年将校の盛な意気には感心したが、あまりに敵を知らなさすぎるのに、あはれみの微笑がひとりでに浮かんでくるのだつた。
「ほう、えらい勢ひぢやな。そして君は戦争には行かないのか。」
「勿論《もちろん》、行きます。今、新編制の機関砲隊《ミトライユール》を訓練してゐるところで、もうぢき出かけます。あゝ愉快々々! 我々はまるで大鎌で野の草を苅《か》るやうに、プロシヤの豚どもを打殺してやれるわけだ!」
 上村少佐はこの言葉を聞くと、あまりにも口から出まかせに、少し腹が立つて来た。
「なるほどミトライユは有力な武器にはちがひない。けれどもプロシヤの武器もなか/\精鋭だから、油断はならないよ。」
 ダンリ中尉は又もや肩をすぼめた。
「豚どもの大砲や小銃がなんになるものですか。奴等《やつら》と一緒に地獄へでもうせろだ!」
「いや、さう一がいにはいへないぞ。わしはよく調べて来たのだからね。敵を知り己を知ることは戦ひに勝つ秘訣《ひけつ》である――と東洋の兵法は教へてゐる。大ナポレオンの後をつぐ君等の名誉の勝利を維持して行くには、よく敵を知らなければいけない。」
「なに大丈夫だ! 我々にスナイドル銃がある。ナポレオン砲がある。おまけに精妙きはまりなきミトライユがある。」
「いや、プロシヤのモーゼル銃はスナイドル以上かも知れんぞ。もしそれクルツプ砲となると、その発射の速さといひ、弾のとゞく遠さといひ、又命中の正確さといひ、ナポレオン砲以上だ。ミトライユは結構だが、もつと照準をやさしくして、遠くまでとゞくやうにしなければ、完全とはいへない。」
「なに!」と、ダンリ中尉はたちまち眉をつり上げた。「君は仏軍を侮辱するか。」
「いや、わしは仏軍を常勝軍たらしめようと思ふからいふのだ。」
「仏軍は今度もきつと勝つにきまつてゐる!」
「いや、他《ほか》の点はどうかしらんが、大切な武器の方から見ては、それは覚束《おぼつか》ないぞ。」
「いつたな、黄猿《きざる》! おれはフランス大陸軍の名誉にかけて、貴様をゆるさんぞ。さあ、この作法が分かるか?」
 ダンリ中尉は火のやうに怒つて手袋を地面にたゝきつけた。これは西洋では、決闘を挑《いど》むしるしである。


    待つて下さい、諸君!

 それから三日後である。上村《かみむら》少佐とダンリ中尉とは、約束の決闘場たる練兵場へ現れた。双方型どほり二人づつの介添人《かいぞへにん》がついてゐる。武器はピストルで、互に百歩はなれて介添人が上げてゐる手を下すのを合図に、双方一度に発射するのだ。発射が早いと卑怯《ひけふ》といはれるし、遅いと、敵の弾にやられてしまふ危険がある。なか/\むづかしいものだ。
 やがて少佐も中尉も定《さだめ》の位置について、中尉方の一人の介添人が、今日の決闘の趣旨を宣言しようとしたとき、どうしたことか、上村少佐は突然右の手を高く上げて叫んだ。
「待つて下さい、諸君!」
 相手の中尉は元より、双方の介添人た
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