ダンリ中尉は勝つたと思つて、やつぱりニコ/\しながらその手を握りしめると、又あたりから盛んに拍手が起つた。
が、しかし、この拍手が一しきりやむと、上村少佐は再び銃を取上げ、容《かたち》をあらためて、一同に向かつていつた。
「諸君、私《わたし》は今、ダンリ中尉の妙技に絶大の敬意を表し、又フランスを祝賀するために、改めてダンリ中尉の真似をさせて頂きます。しかし、いさゝかちがつた風に、即《すなは》ち一字だけではなく、二三の言葉を射ぬくことにいたしませう。」
少佐は銃を肩に当てるが早いか、まづポンと一つ、無造作に打《ぶ》つ放し、それからこめては打ち、こめては打ちして釣瓶打《つるべうち》だ。その速いこと! だが、白紙の衝立に残つた弾の痕《あと》は唯《ただ》、めちやくちやに点がちらばつてゐるだけで、字なんか一つもかけてゐなかつた。見てゐる人々は唯《ただ》驚き呆《あき》れてゐる。けれども少佐は一向平気だ。そしてすました顔でいつた。
「これが私《わたし》の心をこめたフランスへお祝ひの言葉です!」
ダンリ中尉は例の肩をすぼめる身振をしていつた。
「ですが、少佐、あれは一体何と読むのですか。少くともフランス語ではありませんね。多分、日本語なんでせう。」
「いや、フランス語をかいたのです。」と、いひながら、上村少佐は衝立に近寄り、ポケツトから鉛筆を取出して、一番左端の上の弾痕《だんこん》から、その下の、六十|糎《センチ》ほどへだてて、少し右へ寄つた弾痕へ、斜にスツと一本の線をひき、更に今度はその点から、逆に上の方へ、最初の弾痕の右の方に三十糎ほどはなれて、同じ高さにならんでゐる第三の弾痕へ、スウツと一線をひいたのでV《ヴエ》の字が出来た。かうして散らばつた弾痕を次から次へと鉛筆でつないで行くと、
[#天から2字下げ]VIVE《ヴイヴ》 LA《ラ》 FRANCE《フランス》! (フランス万歳!)
といふ言葉になつた。
忽《たちま》ち、見事《ブラヴオ》! 見事《ブラヴオ》! といふ声が湧き起つて、上村少佐は仏軍将士のために胴上されて、しばらくは足が地につかなかつた。
少佐は改めてプロシヤ軍の兵器について仏軍当局に注意したが、そのときにはもう遅かつた。仏軍の大敗は勿論《もちろん》士気、編制にもよるが、少佐が見破つた兵器の劣等であつたことも大なる原因であつた。
上村少佐は帰朝後、これからその腕をふるはうとしたとき急病にかゝつて亡くなつたので、その立派な知識も、すぐれた考案も、実際の役に立てることができないでしまつたのは甚だ残念である。
底本:「日本児童文学大系 第一一巻」ほるぷ出版
1978(昭和53)年11月30日初刷発行
底本の親本:「少年倶楽部」講談社
1935(昭和10)年8月
初出:「少年倶楽部」講談社
1935(昭和10)年8月
入力:tatsuki
校正:鈴木厚司
2006年3月21日作成
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