ら、今太郎君はきつと自分が襲はれるものと思つて、早く逃げようとしましたが、真つ暗なので、どつちへ行つていゝか分りません。その上に、重い潜水服を着てゐるのですから、自由もきゝません。仕方がないから、貝入袋《かひいれぶくろ》の中から、護身用の大ナイフを手早く取出して、蛸が手をかけたら、ぶつぶつ切つてしまはうと待つてゐました。
ところが何事もありません。はて不思議と怪しんでゐるうち、墨汁《すみ》で濁つた水もやう/\澄んで、あたりが見えるやうになると、二度びつくりしました。
六メートルばかり前の岩穴の前に、雨傘《あまがさ》ほども頭があるすばらしい大きな蛸が、錨《いかり》の鎖にも似た、疣《いぼ》だらけの手を四本岩にかけて、残りの四本で何やら妙な大きな魚のやうなものを押へてゐます。しかし、押へてゐるだけで、すぐ喰《く》はうとはしません。
今太郎君は蛸が自分にかゝつて来たのでない事を知ると、やつと安心して先程恐かつたことも忘れ、面白さうに、その場の成行をじつと見てゐました。
蛸がすぐに喰《くひ》つかないのも道理で、その捕へてゐるのは、蛸にとつては恐しい大敵の海豚《いるか》だつたのです。だから
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