拾うた冠
宮原晃一郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)丁度《ちやうど》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)又|他《ほか》のところを

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)とう/\
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」
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 みなさん神社の神官がお祭の時などにかぶつてゐる帽子をご存じでせう。又あれが冠といふものであることもご存じでせう。あの冠は位によつて種類があります。丁度《ちやうど》金筋の何本はひつた帽子は大将で、何本のは中将であると今軍人の帽子で官の位がわかるのと同じことです。
 昔、天皇陛下がまだ京都におすまひなされたときのことです。或時《あるとき》、京都に火事がありました。その日はあひにく風が強いのでちよつとのうちに市中に拡《ひろ》がりまして、誠に恐れ多いことですが天皇陛下のおいで遊ばす宮城にも、とう/\火が燃えつきました。宮城の人達《ひとたち》は天皇陛下や、皇后陛下や、皇太子、皇子、皇女殿下などを、それ/″\、危くない場所におつれ申すことになりました。けれどもご存じのとほり、あの百人一首の絵にかいてあるやうな、長い、だぶ/\の着物を男も女も着てをりますから、なか/\思ふやうに活溌《くわつぱつ》な働きが出来ません。そのうへに今のやうにちやんと普段から支度がとゝのへてありませんから、たゞ恐《こは》がつて、慌《あわ》ててばかりゐて、一向だめでした。宮城にゐる人達でも、下等の者は、自分達だけさつさと馬を曳《ひ》き出して、逃げ出し、そして市中に出て、自分の行く先にちつとでも邪魔になるものは皆腰にさした太刀でスパリ/\と打ち切つて行きます。で、その騒ぎといつたら大変なものでした。
 そのとき一人の皇子がどうしたものでしたか、お傍《そば》の者と別れて、独りで逃げ迷つていらつしやいました。風に煽《あふ》られた火は大蛇《だいじや》の舌のやうにペロリ/\とお軒先を甜《な》めてまゐります。瓦《かはら》が焼け落ちて、グワラ/\と凄《すご》い音を立てます。逃げ迷ふ女子供の泣き喚《わめ》く声やら、馳《ま》せまはる男達の足音、叫び声などワヤ/\ガヤ/\聞えて物凄《ものすご》い有様でした。そのうちに火はます/\勢が強くなつて、パリ/\バン/\と花火をあげてゐるやうな音をさして皇子の立つていらつしやる御殿へ移つてまゐりました。皇子のお顔はその火の熱で灼《や》けるやうに赤くなりました。皇子はお傍の人達の名をいろ/\お呼びになりましたが、あたりの音が騒がしいのに消されてよく聞えません。又お傍の人達もどこかへ逃げてしまつたものか、さつぱり誰《だれ》も御返事を申しあげません。そのうちに火はいよ/\近くなりまして、もはや皇子のお命も危いくらゐになりました。
 この大火事の最中、一人の呑気《のんき》なおぢいさんが面白さうに見物してあるきました。この人は田舎から京都見物にはじめて上つてきた人ですから、都のことが何でも珍らしくてなりません。よくも案内を知らないので半分は迷《ま》ひ子になりながら、この騒ぎのなかを怪我《けが》もしないで見てあるくうち、とう/\宮城へ入り込んでしまひました。
 宮城のうちにはもう焼け落ちた建物もあれば、まだ燃えかけてゐるのもある。広いお庭には道具だの衣服だのが、いつぱいに散らかつてをります。もう人はたいてい逃げたとみえて、姿が見えません。するとそこに一つ冠が落ちてをりました。
「これは面白いものを見付けたぞ、かぶつてやりませう。ウム、なか/\ぐあひのいゝものだ。」
 おぢいさんは独り言をいひながら、頭にそれをのせました。田舎のおぢいさんのことですから、それが大納言《だいなごん》の冠であることは知りません。たゞ頭にかぶるものとだけ知つてをりました。するとどこからか遠いところで、「大納言/\。」と呼ぶ子供の声が聞えました。おぢいさんは大納言が何だかもやはり知らないので、そこいらをうろ/\見てあるきますと、又「大納言/\。」といふ子供の声がしますので、振り返つてみますと、もう半分は焼け崩れた一つ御殿から、一人の子供がこちらを向いて「大納言/\。」と呼びながら手招きしてをりますから、「ハテな、大納言ちうは俺《おれ》のことだらうな。」と、気がついて、そこへ参りますと、子供はいきなり、
「背中を出せ。」と申しました。
 で、ぢいさんは背中を向けますと、子供はおぶさりましたから、
「どつちへ行くんですか。」と、聞きますと、子供はその行先《いくさき》を申しましたので、おぢいさんはそこへ子供をおんぶして行き、それから又|他《ほか》のところを見てあるきました。
 その子供は曩《さき》に申した皇子でありました。おぢいさんが拾つてかぶつた冠が大納言の位にゐるものがかぶるものだ
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