つたので、皇子は、この田舎のおぢいさんを尊い位の大納言とおまちがひになつたのでした。
扨《さ》ておぢいさんはそのまゝ田舎に戻《もど》つて、次の年今度は祇園祭《ぎをんまつり》を見物に又京都へ出てまゐりました。おぢいさんはあひ変らずその拾つた冠をかぶり、後手《うしろで》をしてあつちこつちを見物してあるきました。
祇園のお祭にはおみこしが出るばかりではありません。美しい美しい山車《だし》が出ます。之《これ》を見物に沢山な人が路《みち》の両側に垣《かき》をつくつてをります。おぢいさんもそのうちにまじつて、見物してゐますと、どういふものだか、山車がおぢいさんの前まで来ますと、ぴつたりと駐《とま》つてしまひました。
「おや/\どうしたのだらう、曳《ひ》いてゐる牛が疲れたからとまつたのか知ら。」と、おぢいさんは不思議におもつてをりました。けれども牛は金と銀の紙を貼《は》られた角をによきつと立て、眠たそうな眼《め》をパチ/\させ、長い涎《よだれ》をくり/\、のつそりとそこへ立つてをりますが、疲れたやうではありません。そのとき一人の男がおぢいさんの前へ来て、叮寧《ていねい》にお辞儀をして申しました、――
「もし大納言さま、どうぞゆるすと仰《おつ》しやつて下さい。でございませんと、山車が御前をとほつて参ることが出来ませんから……。」
おぢいさんは「そら又大納言だ。俺はいつ大納言ちうものになつたか知ら、よし/\一つ威張つてやりませう。」と思つて、エヘン/\ともつたいぶつて咳払《せきばら》ひを致しまして、
「ゆる――す、ゆる――す。」と、申しました。
そう致しますと山車は又|賑《にぎや》かに囃《はや》し立てゝ通つて行きました。そこでおぢいさんは「これは面白いぞ、も一度山車をとめてやらう。」と考へ、別な道から先廻《さきまは》りをして、山車のくるのを待つておりました。
山車はおぢいさんの前へ来ますと、又ぴつたりと駐つて、動かなくなりました。
「さあ今に何とか言ひにくるだらう。」と待つてをりますと、そのとほり又人がやつて参りまして、
「大納言様、どうぞゆるすと仰しやつて下さいませ。でございませんと山車が御前を通つて参ることが出来ませんから……。」と申しました。おぢいさんは大威張りで、
「ゆる――す、ゆる――す、とほれ/\。」と、申しますと、山車が又面白く囃し立てゝ動き出しました。
さあ、おぢいさんは愈々《いよいよ》面白くてたまりませんから、また山車の先まはりをして、それを駐めては、「ゆる――す、ゆる――す。」と、言つて歩きました。五六度もかうして山車をとめて、おぢいさんは子供がいたづらをするやうな気で、喜んでゐました。
然《しか》しもう一度かうして山車を駐めるつもりで先廻りをしてゐますと、どうしたことか今度は未《ま》だおぢいさんの前に来ないうちに遠くの方で山車がとまつて動かなくなりました。そのうち見物してゐた人達は皆口々に、
「皇子さまがお通りなされるのだ。」と、言つて、さしてゐた日傘《ひがさ》をつぼめ、頭にかぶつてゐたものを脱ぎ、路傍《みちばた》にぺつたりと坐り込んでしまひました。
皇子は黄金《きん》の金具のぴか/\と光る美しい御所車におのりになつて、ゆつくり/\と通つておいでになりました。見物人は皆額を土につけて御辞儀をしてをります。ところが不思議なことにはその御所車が丁度おぢいさんの前に来ますと、ぴつたりと駐つてしまひました。
「可笑《をか》しいぞ。山車のやうに俺がゆる――す、ゆる――すと言はなければ、これも又動き出さないのかしら。」と思つて、おぢいさんはそつと頭を上げてみますと、御所車の横の方の御簾《みす》が少しあがつて、そこからこちらを御覧になつておいでなさるのは、去年おぢいさんが負《おん》ぶして火事場をおにがし申した皇子さまでした。
「おや/\あれが皇子さまであつたのか。俺はえらいことをした。」と、おぢいさんは心のうちに思ひました。そのとき一人の舎人《とねり》がやつて来て、申しました。
「大納言の冠をかぶつた御老人、皇子さまのお召でございます。御行列の一番あとに入つてお城へおいで下さい。」
おぢいさんは宮城へつれていかれて、皇子をお助け申したといふので、御褒美《ごはうび》をいたゞけるのだと嬉《うれ》しく思ひましたけれど、又考へてみますと、冠をひろつてかぶり、山車をとめて、「ゆるす/\。」といつたことで、お叱《しか》りを受けるのではないかと恐しくも思ひました。
お行列がお城に着きますと、おぢいさんは御庭先へ呼び出されました。そこへみえましたのは皇子ではなくて、一人の大納言でした。
「去年皇居に火事があつたとき、皇子さまを負《おん》ぶしてお逃がし申したのはお前ぢやな。」と、その大納言が申しました。
「ヘイ/\私でございます。どう
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