良の留守を見ては、天人はこつそりと家のうちを捜してみますけれど、羽衣はないのでした。
「あゝ仕方がない。もう死ぬまで漁夫《れうし》の女房で暮らしていくことか。」
 天人は深い/\嘆息《ためいき》を吐《つ》いてをります。


    二

 ところが或日《あるひ》のこと、自分の生んだ子の子良《しりやう》が来て、おつ母《か》さんは何《な》ぜいつもそんな不機嫌《ふきげん》な顔をしてゐるのですか、と訊《き》きますから、実は私《わたし》はお隣りの助《すけ》さんや、八さんのおかみさんとはちがつた天人であるから、故郷《ふるさと》の天へ帰りたくてたまらないのでと言つてきかせました。
「さうかい。ぢやお母さんの故郷の天はどんなところかい。海もあるかい、山もあるかい。そして木も生えてゐるかい。魚もとれるかい。」
 子良は十になつてゐましたから、もういろんなことが分るうへ、何でも珍らしいことを見たがり聞きたがりするのでした。
「そんなに一|時《とき》にきいたつてお話は出来ませんよ。妾《わたし》の故郷の天は一口に言へば、あのそれ、時時空に見えるでせう。美しいお城が、あれよ、あの蜃気楼《しんきろう》といふものと
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