前は、なぜ鳴かないのだ。私《わたし》が遊山《ゆさん》に行つたをり聞かしたあの美しい声をお前はどうしたのだ。お前はこの立派な籠が気にいらないのか? お前はこのおいしいものが、ほしくはないのか?」
 子鶉は悲しさうに垂れた首を持ち上げて、王様をぢつと見ました。その眼《め》には涙が光つてをりました。
「尊い王様。」と、やう/\子鶉は口を開きました。
「この美しい籠や、このおいしい餌は私には余りもつたいな過ぎます。こんなものがありますと私は謡ひたくても、謡ふことが出来ません。私は何だか、あの網でとらへられたとき、私の歌を落して来たやうな気がいたします。私の声はあの広い野の風に吹かれたとき、本当に心から出すことが出来ます。私の歌は私の年よつた一人の母のそばにゐて、それを慰めるために謡ふとき本当に上手に出ます。あゝ。」
 そこで子鶉は、はら/\と涙を流しました。その雫《しづく》は丁度秋の野の黄色い草に置く露のやうに、籠に凝《こご》りつきました。
 王様はおつしやいました。
「では、お前には年よつたおつ母《か》さんがあるのだね。そして、そのおつ母さんを慰めるために、あんないゝ声を出して謡ふのか?」

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