孝行鶉の話
宮原晃一郎
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)薄藪《すすきやぶ》の
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)皆|簪《かんざし》の
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)うづ[#「うづ」に傍点]公
/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)いろ/\
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一
ある野原の薄藪《すすきやぶ》の中に、母と子との二匹の鶉《うづら》が巣を構へてをりました。母鶉はもう年よりなので羽が弱くて、少し遠いところには飛んで行くことが出来ませんでした。ですから巣から余り遠くないところで、小さな虫を捕つたり、粟《あは》の穂を拾つたりして、少しづゝ餌《ゑ》をあつめてをりました。子鶉は至つて親孝行で、毎日朝早くから巣を飛び出して、遠くへ餌をあさりに出かけ、夕方になつて帰つて参ります。そしていろ/\おいしいものを持つて来てはおつ母さんの鶉に喰《た》べさしてをりました。
さうするうちに秋も更けて、丁度|中頃《なかごろ》になりましたから、冬の間に喰べるものを貯《たくは》へなくてはなりません。そこである日天気もいゝので、近くの野を謡《うた》ひながら、あちこち飛び廻《まは》つてをりました。鶉の声といふものはもと/\晴々として大へん威勢のいゝもので、それを聞くと気がせい/\して病気をしてゐるものでもすぐなほるほど愉快なものです。それだのにその上にこの子鶉はとりわけ美い声でそれが「チックヮラケー。」と鳴きますと、本当に深くかゝつてゐる霧もすつかり晴れてしまふやうな気持のよい、美しい声をもつてをりました。
丁度《ちやうど》その時、国の王様が、そこの野原に遊びに出ていらつしやいました。すると子鶉の鳴く美しい声をお聞きになりますと、家来に向つておつしやいました。
「私《わたし》はまだあんないゝ声の鶉を聞いたことがない。早速あれを生捕りにしてまゐれ。お城につれて行つて飼うてつかはすから。」
そこで家来のものどもは、すぐに馬の尾一筋づゝを結んだ網をそこいら中に張りまはしますと、可哀《かはい》さうに子鶉は、すぐ捕はれてしまひました。
王様はいゝ声の鶉が手に入つたので大よろこびです。すぐに国中で一番上手な職人を呼んで、りつぱな籠《かご》をお作らせになりました。その籠といふのが大変なものでした。まづ四隅《よすみ》の柱と横の桟とは黄金《きん》で作り、彫刻《ほりもの》をして、紅宝石、碧玉《へきぎよく》、紫水晶などをはめそれに細い銀の格子が出来てをりました。籠の天井は七色の絹の糸の網で、寵を吊《つ》るす紐《ひも》は皆|簪《かんざし》の玉にする程の大きな真珠がつないでありました。
それから又喰べるものは、皆おいしい摺《す》り餌《ゑ》で、「鶉の頭《かみ》」といふお役が出来て、籠の掃除やら、餌の世話など一切をいたします。朝は王様がお后《きさき》と御一緒に表の御殿へおでましになると、その御坐近くの柱に籠がかけられ、夕方お寝間へお下りになると、そのお次の間に籠が置かれます。誠に結構な身の上となりました。
併《しか》しどういふものか子鶉は、ちつとも嬉《うれ》しさうなそぶりも見せなければ、物も喰べず、又一つも謡ひもせず、夜も昼も悲しさうに首を垂れて何やら考へてをりました。
幾日たつても子鶉は、そのとほり物を喰べず、謡ひもせず、だん/\と眼が凹《くぼ》んで、痩《や》せてきますので、王様は大変不思議に思召《おぼしめ》して、或時《あるとき》籠に近く寄つて、かうお尋ねになりました。
「鶉や/\、お前は、なぜ鳴かないのだ。私《わたし》が遊山《ゆさん》に行つたをり聞かしたあの美しい声をお前はどうしたのだ。お前はこの立派な籠が気にいらないのか? お前はこのおいしいものが、ほしくはないのか?」
子鶉は悲しさうに垂れた首を持ち上げて、王様をぢつと見ました。その眼《め》には涙が光つてをりました。
「尊い王様。」と、やう/\子鶉は口を開きました。
「この美しい籠や、このおいしい餌は私には余りもつたいな過ぎます。こんなものがありますと私は謡ひたくても、謡ふことが出来ません。私は何だか、あの網でとらへられたとき、私の歌を落して来たやうな気がいたします。私の声はあの広い野の風に吹かれたとき、本当に心から出すことが出来ます。私の歌は私の年よつた一人の母のそばにゐて、それを慰めるために謡ふとき本当に上手に出ます。あゝ。」
そこで子鶉は、はら/\と涙を流しました。その雫《しづく》は丁度秋の野の黄色い草に置く露のやうに、籠に凝《こご》りつきました。
王様はおつしやいました。
「では、お前には年よつたおつ母《か》さんがあるのだね。そして、そのおつ母さんを慰めるために、あんないゝ声を出して謡ふのか?」
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