「はい、その通りでございます。きつと母は私の行衛《ゆくゑ》が知れなくなつたので、ひどく心配して、死にかけてをると存じます。ですから私だけこゝにをりまして結構なものを頂戴《ちやうだい》する気には、どうしても、なれません。」
王様は子鶉の親孝行な心に大変感心なさいまして、
「これは、私《わたし》が悪かつた。ではお前を放してやりますから、早速おつ母《か》さんのところへ行つておあげなさい。」と、おつしやつて、すぐに籠の戸をお開けになりました。
子鶉は大よろこびで、お庭の樹《き》の枝へ飛んで行つて止りました。そして、かう申しました。
「尊い王様、今こそ、あなたは私のもとのいゝ声をお聞きになれます。私は、おつ母さんを慰めましたら、あなたが私を放して下さつた御恩返しに、これから二三日おきにこのお庭へ来て、精一ぱいいゝ声で謡つてお聞きに入れませう。では、さやうなら、御機嫌《ごきげん》よろしう。」
子鶉はもと通りの美しい生々した勢のよい声で、
「チックヮラケー。」と、謡つたかと思ふと、ぱつと飛び立つて、はや姿は見えなくなりました。
二
子鶉《こうづら》は急いで巣に帰つてみますと、案の定、母鶉は可愛《かはい》い自分の独り子の行衛《ゆくゑ》が知れなくなつたので大変心配して、もう物も喰《た》べられないで、ねてをりました。併《しか》し子鶉の顔を一目見ると、すぐに飛び起きてきました。子鶉も嬉し泣きに、
「チックヮラ/\。」と吃《ども》り鳴きに鳴きながら、王様のところへ、つかまつていつたことや、りつぱな籠《かご》に入れられ、おいしいものを食べさせられたけれど、おつ母さんのことを考へると、とても心配で/\たまらないから、喰《た》べも飲みもしないで、頭を垂れてゐたら王様が、なぜさうしてゐるのかとお尋ねになつたから、そのことを御返事申し上げると、とう/\放して下さつたことなどを詳しく話しました。
「それはまあ、よかつた。それにしても王様は本当にお情け深いお方だ。お前はそんな王様のしろしめしていらつしやる国に生れたことを有難く思つて、何か王様の御用をつとめなけりやなりませんよ。」と母の鶉はよく/\さとしました。
「それはもう、やるどころではありません。私《わたし》はこれから暇を見ては二三日おきに王様の御殿へ行つて一生懸命で、美しい歌を謡《うた》つて、お聞きに入れますと、お約束いたしました。」
母と子の鶉は、それから粟《あは》の穂や、虫などの拾つたのを喰べましたが、これまでにそれ程おいしく喰べたことはないと思ひました。
さて翌日から、又前のとほり母の鶉は近いところを、子の鶉は遠いところを、いろ/\餌《ゑ》をあさつて歩きました。といふのは、もう冬が近いのに、王様につかまつたりなんかして、そのしたくが、まださつぱり出来てゐなかつたのでした。で、もう母も子も毎日/\、朝から晩まで真黒《まつくろ》になつて働いてをりました。それだものですから、つい忘れるともなく王様へのお約束も忘れてをりました。
すると或日《あるひ》、藪《やぶ》の中で、お喋《しやべ》りの、みそさゞいが子鶉を呼びかけました。
「おいうづ[#「うづ」に傍点]公。お前は嘘《うそ》つきだな。」
子鶉は、あんまりだしぬけですから少しも様子が分りません。ですから丸い眼《め》をいよ/\丸くし、尖《とが》つた嘴《くちばし》をいよ/\尖《と》んがらかして呶鳴《どな》り返しました。
「なんだと、このおしやべりもの奴《め》。俺《おれ》を嘘つきだなんて、一たい貴様、何だつてそんな悪口をいふんだ? そんなことをいふわけを言へ、もしわけを言へなかつたら、貴様の片羽へし折つて、鼠《ねずみ》の餌食《ゑじき》にしてくれるから。」
みそさゞいは嘲笑《あざわら》ひました。
「わけを言へないで、どうするものか? お前は王様に何とお約束申し上げたのだ?」
「ウーン、それは……。」
子の鶉は二の句がつげません。みそさゞいは、それ見ろといふやうな顔をして……。
「フン、それで嘘つきでないといふのか? お前は王様がこの間から、重い疱瘡《はうさう》にかゝつていらつしやるのを知らないか? あの菊石面《あばたづら》の赤い疱瘡神は、王様のお体に、その一万もある針を、すつかりさしこんで、毒を入れてゐる。もう王様のお命は、いつなくなるか知れないのだ。そこでお側《そば》にゐるものが、賢い学者に聞いてみると、鶉の声をお聞きになれば、疱瘡の神が驚いて遁《に》げるといふことで、いろ/\の鶉を集めて、鳴かせるが、疱瘡の神はびくともしないのだ。王様は――私《わたし》が放してやつたあの鶉の威勢のいゝ声を聞けば、きつと私の病はなほるとおつしやる。それだのにお前は自分のことばかりして、王様にお約束申したこともやらなけりや、お見舞にすら上《あが》らないぢ
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