ピタの方でも、これ以上は、どうにも仕方がありません。腰の小刀《マキリ》をとることが出来さへすれば、熊の心臓を一刺しに突き刺してしまふのですが、さうするために、うつかり片手を放さうものなら、振り落される恐れがあるので、仕方なしに、只《ただ》しつかりと抱付いてゐるのでした。
キクッタはそれを見て、日頃《ひごろ》の念《おも》ひがかなつたと、大悦《おほよろこ》びでした。
「おい、チャラピタ、しつかりしろツ! キクッタが助けに来たぞ!」と、大きな声でどなりながら、毒矢を弓につがへて、大熊を狙《ねら》ひました。キクッタは弓にかけても、たしかな腕前をもつてゐましたけれど、大熊は一秒の休みもなく、とびまはり、跳ねまはりしてゐるうへ、その胸にはチャラピタが抱きついてゐるのですから、射そんじると大へんなことになります。
で、只、ぢつと狙ひをつけ、すきをうかゞつてゐましたが、容易にそんなすきが見付かりません。そのうち、大熊が、ウオッと一きわ強く吼えて、ピョンとはね上がつた拍子に手の力がゆるんだかして、チャラピタはどしんとそこへ振り落されました。
「あッ!」
キクッタは思はず驚きの声をあげましたが、さすがに弓の名手です。熊が姿勢をあらためて、チャラピタに向つてとび付かうとした瞬間、早くも狙ひをつけて、ピユッと毒矢を放ちました。中りました。が足のさきでしたからさすがに猛烈なブシ毒も、さう急にはきゝめがありません。
大熊は横合ひから、不意に矢を射込まれたので、チャラピタをおいてこつちへ向つて、例の後ろ脚で立ち上がつて、攻撃して来ようとしました。
もう二発目の矢は間に合ひません。そのときキクッタの目についたのはそこにチャラピタが落した、長さ二メートルばかりの手槍《てやり》でした。キクッタは電光《いなづま》のやうにそれを拾ひ上げると、二三歩前へ進み出で、穂尖《ほさき》を大熊の胸につきつけ、石突きを地面に当てがひ、柄をしつかり握つたまゝ、そこへうづくまりました。
勢ひこんだ大熊は、槍が自分の心臓に当てがはれてゐることには気がつかず、只、そこに恐れたやうに、うづくまつてゐるキクッタを、おし潰《つぶ》し、掴《つか》み殺してやらうと思つて、まるで大木でも仆《たふ》れるやうに、のしかゝつて来ました。そこで、丁度、こちらの注文どほり、熊先生、自分の身体《からだ》の重さで、自分の胸をぶす/\と刺して
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