はミスアンスロツプであるか、さもなければ境遇上から、又は能動的に求めて、霊肉の苦行を経た人であると。象牙の椅子に倚《よ》りて、民の疾苦を説く政治家の態度を学ぶフイランスロプは盲目的な獣類の愛、非常に Selfish−ness を含む危険に陥り易い。今我々の間には斯るフイランスロツプが甚だ多くはないだらうか。自分はこれを厭ふ余りにその反端のカリカチユーリストになつたではあるまいか。しかし他人のことはどうでもかまはない。自分は今後此立場から大に厭人的の苦《に》がい憎悪を吐き散らして呉れようと決心した。そして若し生命そのものが愛といふものであるならば、此苦い憎悪の中から、棘《とげ》と、渋皮の奥なる甘い栗を取り出すやうに、美味な純真な愛に到達しようと思ふ。尤《もつと》も生物の死滅は個体として、種属として、又全体より見て、如何にしても免れぬことで、生命の飛躍といひ、霊魂の不滅といふも、そは只|奇《く》しき夢を見るべく運命づけられた人間のあこがれの幻影で、愛は美酒《うまざけ》の一場の酔に過ぎないことは、千古の鉄案として動かせないのであるが、我れ感じ、我れ生きて、なほ只生きんと衝動の波に押しすゝめら
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