分の生き永らへてゐることを奇怪に、恥辱に、又恐ろしくさへ思つた。一体自分は考へてみると善にしろ、悪にしろさう大した桁外《けたは》づれではない。平たく言へば凡骨だ。君は立派な人格の所有者だなんかと、過つて言はれでもすると、内心頗る忸怩《ぢくぢ》たるものがあるが、さりとて偽善者だと名乗つてそれを打消すにも価ひしないと自分を侮つてゐる。然し悪に対する自分の態度は寸毫も仮借しない激烈を極めてゐる。邪悪といふものは真黒々で、そこには一点の光明を認めることが出来ない、そして此暗黒は光りのあるところに陰の必ず伴ふ如く、善に伴つてゐる。否寧ろ暗い夜に灯火をつけるやうに、大きな暗は小さな光りを隠くさんとする。是は今日の文壇に主潮を為してはゐないかと思はれる人道主義的傾向とも、又有りふれた道徳観念とも正反対である。自分には今、どんな堕落した人間の裡にも神の光りを認める偉大なドストイエヴスキイの亜流で世の中が満ちてゐるやうに見える。その証拠は此観念を裏切る典型の一人を描かうものなら、批評家は直ぐに、うまくは描けたが、もつと人間らしいところを見てやるべきと言ふ。即ち文学者たる者は、その作に、お菓子に砂糖のいる
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