英語の Great Grandmother、ドイツ語の Urgrossmutter に當ります。白髮の老婆が爐邊に絲車を廻しながら昔話をするやうに古い/\傳説を語る此の本も、また高齡の老婆であるといふ意味から附けられた題であらうといふのが一つの解釋でありますが、それとはちがつて、これは「作詩法」といふ第二の意味を取つてつけたもので、そのわけは新エッダはイスランドの歴史家で、詩人であつたスノルィ・スツゥルソンがスカルド Skald とよぶ歌の作法、模範などを示したものであるが、その中にひいてある歌には舊エッダのものがまじつてゐる。だから、斯ういふ歌を集めた本をエッダといふものと、後の人が誤つたものであらうといふ説もあります。どちらが正しいか分りませんが、ノルウェイ協會から出してゐる古代ノルウェイ語の辭典には、第一に大祖母、第二に詩學といふ解釋が載つてをります。私一個としては此の大祖母の意味に解した方が文學的で面白いと思つてをります。
 そこで舊い『エッダ』は一六四三年イスランドのスカルホルトの司教ブリニュルフ・スヴェインスソン Brynjulf Sveinsson が神話と古英雄の傳説とをうたつた、二十九の歌を發見してセームンダル・エッダと名付けました。スヴェインスソンは、これは有名な學者セームンドが作つたものか、或は集めたものと思つてゐたらしいのです。だがそれは後になつて根據のないものと分りました。それが始まりで、後、各所から發見されたものを集め、現在では大小三十六篇の古歌が載つてをります。その中には脱漏があつたり、斷片のものがあつたりして、意味のハッキリしないものもありますが、これを大體二つに分けて、神々の歌と、英雄たちの歌としてあります。
 神々の歌には、天地開闢の神話が出てをりますが、それは希臘神話などとは違ひまして、北歐式の陰慘なものであります。最初に出てくるのはヴェルースパー 〔Vo:luspa〕 即ち巫女《みこ》の託宣といふ題で天地の創造をうたつてあります。試みに私が初めの方を少しばかり逐語的に譯してみませう。勿論、原文のずつと簡潔なもので力強く歌はれてをりますが、どんなことが、どんなふうにうたはれてゐるか、これでも少しはお分りにならうと存じます。

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一、聞召せとわれは願ふ(註、われとは巫女)
  大となく小となく
  聖なる族《やから》ヘイムダールの御子達
  戰ひに仆れしますらをの父よ!(註、主神オージン[#「オージン」は底本では「オージシ」])
  汝は遠き昔の人々につきて
  わが憶えをる昔語り
  語り聞かせよと、われに求む。
  われは猶、古への巨人《おほぴと》をおぼゆ
  過ぎにし日、われに糧《かて》を與へにし……
二、九つの世をもわれは知れり
  土の下に大いなる根を張りし
  大いなる木の上にありしてふ(註、イグドラシルといふとねりこの木)
  九つの世界をも。
三、その昔、ユミールに住みし世は
  海も、冷たき浪も、砂もなく
  大地も未だなく
  その上に蒼穹《おほぞら》もおほはざりき。
  只果てしなき深き淵の
  口あけてゐたるのみ。
  草一つだになかりき。
四、さるをブゥルのみ子たち
  平らなる地をもたげ
  そこに中つ國を建てぬ(註、中つ國の名はミズガルド)
  日は南より岩をあたゝめ
  地は韮《にら》をもて青みたりき。
  月の姉なる日は南より
  その右の手を天のはじにかけぬ、
  何處をわが家と知らざりければ……
  日もまた居るべきところを知らず
  星も定まる宿を知らざりき。
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太古 天地 の初めは渾沌として無であつた。その渾沌の中にブゥルの子たち、即ち、オージンとその兄弟ヴィリ、ヴェとが國造りのわざをする。その業とは巨人ユミールを殺すことでした。巨人の血は大海に滿ち、その骨は大山嶽となり、齒は巖となり、頭蓋は天に、髮は樹木に、腦味噌は雲になつたといひます。そこで形勢が變つてアスガルド、即ち神の國が出來ましたが、神々もまた運命を免がれることは出來ません。殺戮の罪や、契約違犯の罪など、樣々な罪を犯した神國には、巨大な海蛇や、死の船や、冷酷な惡魔ロキや、地獄のムスペルヘイムの怪人、火の巨人スゥルトウなどが、ぞく/\と押し寄せて、破滅の力をふるひ、主神オージンは狼フェンリルに殺され、雷神トォルは海蛇に打負かされ、オージンの娘フレイヤは火の巨人に殺されました。さうした世の終りといふべき光景を、『エッダ』はその獨特な簡潔な表現で、斯う歌つてをります。
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天つ日は暗く、
大地はわだつみに沈み、
熱き星々は空より落ち、
烈しき湯氣はうづまきぬ。
生命を養ふ火は、
焔と立騰りて、
み空をこがしたりき。
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