スカンヂナヴィア文學概觀
宮原晃一郎

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)巫女《みこ》

[#]:入力者注 主に外字の注記や傍点の位置の指定
   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、または底本のページと行数)
(例)※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)古い/\傳説
*濁点付きの二倍の踊り字は「/″\」

〔〕:アクセント分解された欧文をかこむ
(例)〔Surre'alisme〕
アクセント分解についての詳細は下記URLを参照してください
http://aozora.gr.jp/accent_separation.html
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       一、スカンヂナヴィア限界
 私は自分が興味を以て研究してゐるスカンヂナヴィア文學 Skandinaviske litteratur について、御話することを甚だ欣快に存じます。
 スカンヂナヴィア文學といふ名稱は地理學で申すスカンヂナヴィア半島の文學といふのでなく、もつと廣い範圍のもので、言語學的意味を有つてゐることを豫め御承知願つて置かなければなりません。即ち、ノルウェイ、スウェデンの兩國と、デンマルクは勿論のこと、イスランド、及びスウェデン語を話すフィンランドの一部分のことであります。普通にスカンヂナヴィア文學のことを北歐文學と申しますが、此の場合に於ける北歐といふ言葉の範圍はきはめて曖昧で、屡々ロシア、ドイツ、オランダ、ベルギイの如きですらも、北歐とよばれることがあります。それで私はわざと北歐といはずに、文學が基礎として立つ言葉を同じくし、地理的に近接し、歴史、民族、風習の上からも、非常に密接な關係にある北歐の諸國をスカンヂナヴィアの名の下に、引つ括るめて、お話しようと存じます。然し、十三世紀の頃から始まつて、現在まで約八百年に亘るスカンヂナヴィア文學の全貌を、此處に十分に申述べることは、たうてい不可能でありますから、ここでは傍系のフインランドや中世からのイスランドは措きまして、主要な丁、諾、瑞の三國について、ごく大掴みに、申上げることに致しませう。
       二、一貫せるロマン主義
 スカンヂナヴィア文學は英吉利また獨逸の文學とその發達の經路を殆んど同じくしてゐる。即ち、最初に神話、英雄傳説が歌の形であらはれ、次ぎにキリスト教が渡來して、それをキリスト教的に變化させ、同時にラテン文化を傳播する。その次にはフランス古典文學が支配し、やがて宗教改革が起つて、國語及び國民傳統の尊重となり、ローマン主義の勃興となり、自然主義の隆盛となり、それが終つて、新ローマン主義、農民文學、郷土文學或は勞働文學が起つたといふ順序で發達するといふのであります。然しフゥツリズム Futurism・ダダイズム Dadaism・シュルレアリズム 〔Surre'alisme〕・或は表現主義 Expressionismus. 即物主義 Neue−sachlichkeit といふやうな、ひどく風變りのものは、スカンヂナヴィア文學には殆んどありませぬ。スカンヂナヴィア文學の主流はどこまでもローマン主義であるやうに思はれます。
       三、古代文學の共通
 さて、デンマルク、ノルウェイ、スウェデン三國の古代文學はいづれもみな共通で、古代ノルウェイ。イスランド文學といふ總括した名稱でよぶことができます。言葉を換へて申しますと、昔イスランドに渡つたノルウェイ人が、そこに古い原形のまゝに保存した文學、またその後そこ及びノルウェイ本土で發達した文學であります。このイスランド・ノルウェイ文學のうちで、一篇の書物として殘された最初のものが『エッダ』Edda であるといつてよいかと存じます。それ以前にもルゥネ Rune といふ、一種の神代文字で石や木や骨などに刻みつけた歌謠がありますが、これは文學よりも寧ろ考古學、言話學的の方面に興味が多からうと思つて、ここには省くことにします。
 さて『エッダ』とは何かと申しますと、歌をもつて書きしるした神話並に神仙的英雄の行蹟であります。日本で言ふならば、古事記か日本書紀のやうなものであります。『エッダ』に舊と新との二つがあります。舊をセームンダール・エッダ Semundar Edda、新をスノルィ・ストゥルソンナール・エッダ Snorri Sturlussonar E. と申します。セームンドのエッダ、ストゥルソンのエッダと申す意味であります。然し一口に『エッダ』と申せば、舊エッダのことだけで、新エッダの場合には特に新とか、ストゥルソンとかいふ名を冠することになつてをります。
       四、『エッダ』の解説
『エッダ』とは古代北歐語で第一に大祖母といふ意味であります。
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