ェデンの歴史に、傳統に、力強い執着をもつ國民的な、又民族的な他の一面をも見て頂きたいといふことであります。
       二十一、ノルウェイ文學の獨立
 さて私は、ここで、しばらく閑却したノルウェイに歸らなければなりません。ノルウェイは一八一四年五月十七日、政治的にデンマルクから分離獨立はしましたが、一八三〇年頃迄は萬事が混亂して見るべき文學もなかつたのが、ウェルゲラン Wergeland とウェルハーヴェン Welhaven とが出て、やつと自國の文學を持つやうになりました。ウェルゲランは急進愛國家で、新しいノルウェイを直ちに昔のノルウェイに接合せよ、中間にあるデンマルク、ノルウェイ時代といふ怪しげなハンダを除き去れと叫び、ウェルハーヴェンは、その反對に漸進主義を唱へて、各々味方を得て、一八四五年ウェルゲランが死ぬまで、烈しく抗爭をつゞけました。
 ウェルゲランの作は粗笨蕪雜で、只熱情があるのが取り柄で、ウェルハーヴェンの詩は優麗典雅で、用語は巧みを極めてゐますが、その缺點は纎細で、迫力がないことであります。ウェルゲランの代表作は『創造、人間及び救主』Skabelen, Mennesket af Messias といふ抒情的一大劇詩、ウェルハーヴェンのは『ノルウェイの黎明』〔Norges Da:mring〕 と題する詩集であります。この二詩人の後に來たのがアスビョルンソン Asbjornson とモー Moe で、我々にも知られた北歐民話の蒐集家であります。それからもう一人肝要な人物は、前にも申しました新ノルウェイ語、ランスモールの整理改造をしたイ※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]ール・オーセン Ivar Aasen、此の人は抒情詩にもすぐれた人で、散文に妙を得てゐました。
 然しイプセンがその史劇を書き、ビョルンソン 〔Bjo:rnson〕 が農民小説『シュンニエヴ・ソルバッケン 〔Synno:ve Solbakken〕(拙譯『日向丘の少女』)を書き出すに至つて、ノルウェイは初めてすぐれたローマン文學を有するに至り、七十年代の終り頃から、この兩詩人によつて、一躍世界文學の最高水準に達しました。
       二十二、ノルウェイ文學多士濟々
 此の兩者と並んで、ノルウェイで Den fire Store 即ち四大文豪と特別扱を受けるアレキサンドル・ヒェラン Alexander Kieland と、ヨナス・リエ Jonas Lie とがあります。イプセンとビョルンソンについては、餘りによく知られてをるので、此處に省略して何にも申しません。只、一言、申したいことは、故郷には貴ばれぬ豫言者でありながら、なほ自國の傳統に深い執着をもつたイプセンと、農民文學の新らしい型を出したビョルンソンとは、今日、我々の再檢討を要する、何物かをもつてはゐないだらうかといふことです。ビェランはその文體の明快と情調の輕さで日本人にも好かれてゐますが、リエは殆んど知られてをりません。北歐らしく憂鬱な情調が好かれぬのかも知れません。二人とも自然主義系統の作家で、社會の暗黒面を容赦なくあばいてゐるところは同じでありますが、到底フランス人のやうに冷血な經驗の分析者であり、絶望的運命觀の上に立つことは出來なかつた處にスカンヂナヴィア人の生地があらはれてゐます。
 この外、コレット Collet、ヴィニェ Vinje、ガルボル Galborg、エルステル Erster、スクラム Skram 等此の時代に著名な作家が輩出してをりますが、此處には割愛しておきます。
 一口に言ふと、この時代の文學は寫實的であり、問題的であり、自由戀愛、個人の自由、婦人の解放などに力を入れたのがその特徴であります。
       二十三、結論
 私は前に、ローマン主義がスカンヂナヴィア文學の主流であるやうに申しましたが、この事はいつの時代の何人の作を讀んでも直ちに感ずる處であります。スカンヂナヴィアには遂に一人のフロォベルもモォパッサンも出ませんでした。所謂四大文豪以來、現在までの大勢を支配するものはやはり寫實を基とした新ローマンチックであります。我々がよく知つてゐるヨハン・ボーエルを、北歐のモォパッサンなどといふ人がありますが、これは極めて淺薄な見方で、彼は徹頭徹尾ローマンチストで理想家であります。ハムスンの如きは、自分の自然主義的色彩をもつ『飢ゑ』から『パン』(拙譯『白夜の牧歌』)の如き自然に耽溺する夢想の作家となり、『土の惠み』以來漂浪主義となつてをります。ビョルンソンとは形の變つた農民文學のハンス・エ・キンク Hans E. Kinck 又現にその方面で活躍してゐるオーラヴ・ドウン Olav Duun、カトリック主義のシグリド・ウンセット Sigrid Undset 等のノル
前へ 次へ
全9ページ中8ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮原 晃一郎 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング