仏像の横の方へ走つてゐました。
「あの仏像が怪しいわ!」
ニナール姫は、向つて右端の仏像をゆびさしながら、その足跡をつけて行きました。
「怪しいといつて、この仏像の中にでも、ジウラがかくしてあるといふのかい」と、キャラ侯もニナール姫について行つて、その仏像を見上げました。
そこへ、守備隊長が来て、仏像の台坐のまはりを、手で押してみたり、叩《たた》いてみたりしましたが、ビクともしません。
「どうも、お姫様、今度はお考へがちがつたやうですね」
「いゝえ」と、ニナール姫は強く首を横に振りました。「間違ひありません。ほら、この仏像を外のと比《く》らべて御覧なさい。一目で、ちがつてゐることが分りませう」
然し、隊長の目にも、キャラ侯の目にも、それは、外のと同じ、奇怪な、醜い、恐ろしいやうなラマ仏でしかありませんでした。
「分りませんか。これを御覧なさい」と、ニナール姫は仏像の膝《ひざ》のあたりから、台坐の下まで、なで下ろすやうな手附《てつき》をしました。「それね、あすこだけ埃がとれて、縞《しま》になつてゐるでせう。他《ほか》の仏像は埃を一めんにかぶつて、そんな縞がないぢやないの。だから、この仏像には人がさはつた証拠よ」
「やあ、すつかり感心しました」と、守備隊長は頭を下げました。「お姫様のお目はするどいですなあ」
「なるほど、ニナール、お前はえらい。だが、仏像のどこにジウラがかくしてあるのかい」
「さあ、仏像の中か、どこか分りません。でも、あの縞が終つてゐるお腹《なか》の横に光つた小さな石が見えるでせう。多分、あれを押すと、どこか秘密の戸口があくんぢやないか知らと思ひますわ。お母様が、ラマ仏には、そんな仕掛のしたのがあるつて、お話をなさつたことをおぼえてゐますもの」
守備隊長はすぐ仏像の台坐にのり、その光つた石を押すと、ぎつと音がして、仏像は前の方へ動き出して、あとには人のはいれるやうな穴が一つ、牀《ゆか》にあきました。
「ジウラさん!」と、叫びながら、ニナール姫はその穴に電気をさしこみのぞきました。「ジウラさん、しつかりなさいよ! 私達《わたしたち》、助けに来たのよ!」
ジウラ王子は、穴の中に、ぐつたりとなつて、仆《たふ》れてゐましたので、守備隊長がすぐそれを抱き上げて、牀の上にねかすと、ニナール姫はその口に手を当てがつて、息があるかを確めてみながら、
「ジウラさん、ジウラさん、しつかりしてよ! あたしよ、ニナールよ!」
と、心配さうに叫びました。けれども、ジウラ王子は目も開けなければ、動きもしません。勇敢で賢いニナール姫も、やつぱり少女です。かうなると、もう泣声になつて、
「お父様、どうしませう。ジウラさんがこのまゝ死にでもしたら、あたしが殺したやうなものですわ。どうかして頂戴《ちようだい》よ。早く/\」
「いや、ジウラを死なしちや、お前ばかりか、わしの責任ぢや。早く城へつれて行つて、松本《まつもと》先生に手当をして貰《もら》はなけりや」
ジウラ王子はすぐお城へ運ばれ、侯の侍医をしてゐる日本人の松本氏に診察して貰ひました。別にどうしたといふわけでもなく、只《ただ》驚きの余り気絶してゐたのでしたから、間もなく息を吹き返しました。
枕元《まくらもと》にすわつて、心配してゐたニナール姫はやつと安心しましたが、それでも、目には涙をためて、言ひました。
「ジウラさん、御免なさいね。もう、肝《きも》ためしだなんて、あんな危ない目に貴方《あなた》を、あはしませんわ。あたし本当に馬鹿《ばか》だつたのねえ。でも、貴方、これから強く/\なつて、成吉斯汗《ジンギスカン》のやうな英雄になつて下さいね」
ジウラ王子はその痩《や》せて、あを白い顔に熱心の紅味《あかみ》をあらはして、うなづきました。
底本:「日本児童文学大系 第一一巻 楠山正雄 沖野岩三郎 宮原晃一郎集」ほるぷ出版
1978(昭和53)年11月30日初刷発行
入力:鈴木厚司
校正:noriko saito
2004年8月13日作成
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