にあて俯向《うつむ》いてただよよと泣くのみ、勇蔵もうち萎《しお》れて悄然《しょうぜん》として面を伏したり、身を投げてよりすがる阿園が頬《ほお》より落つる熱き涙は、ハラハラと夫の小手に当って甚深無量の名残りを語れり、
 昨日まで石のごとく堅固なりし勇蔵が一念、今はいかばかり脆《もろ》くなりしよ、彼はさきの決心のただ一時の出来ごころなりしを悟り、膝を交えて離別を語るのいたずらなりしを思い当りて悔ゆれども、事すでに晩《おく》れたれば、今はただ心強く別るるほかはなけれど、彼は痛くも力なくなり、あたかも生きながら別るるもののごとくうち沈み、「われにもしものことあらば、何事も佐太郎と相談して、心のままに再縁すべし、必ず短気に誤るまじきぞ」と、遺言ようの秘密を洩らしぬ、女房は声を揚げて泣きつつ答えり、「卿《おんみ》にもしものことあらば前夜よりしばしば誓いたる通り、妾《わらわ》は必ず尼になりて、卿の菩提《ぼだい》を弔わん、……さりながらかりそめにもかかる悲しきこと言わるるは、死にに往かるる心にや、さように心を痛めずとも、つつがのう帰りてよ、妾はいつまでも待ちおるべければ」と、勇蔵がなお何か言わんとせし
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