ぬ、媒妁人《ばいしゃくにん》は第一に訪ずれて勇蔵が無情を鳴らし、父老は交々《こもごも》来たりて飛んで火に入る不了簡《ふりょうけん》を責め、同年者もとかくに止め、別して彼が幼き時膝にあげたる一人の老媼《おうな》、阿園とともに昼ごろまで泣きて止めたれど動く様子少しもなく、いよいよ明朝の出立と定まりぬ、阿園も今は涙を拭《ふ》き、足袋《たび》行縢を取り出し、洗濯衣、古肌着など取り出でて、綻《ほころ》びを縫い破れを綴《つづ》り、かいがいしく立ち働く、その間に村人は二人の首途《かどで》を送らんと、濁酒鶏肉の用意に急ぎぬ、
 その夜夫婦は最も温かなる寝床をとり、最も悲しき睦言《むつごと》を語れり、一生の悲哀と快楽を短か夜の尽しもあえず鶏は鳴きぬ、佐太郎は二度の旅衣を着て未明より誘い来たれり、間もなく父老|朋友《ほうゆう》を初め、老媼女房阿園が友皆訪い集《つど》い、ここより別るるものは勇蔵が前に来て慇懃《いんぎん》にその無事と好運とを祈り、中には涙に溢《あふ》れて、再び逢《あ》い見ぬもののごとく悲しき別れを宣《の》ぶるもありき、
 一行は今勇蔵が家を出でたり、春の日のいとも遅々たるさまにはあれど、早く
前へ 次へ
全36ページ中6ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮崎 湖処子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング