るるも面白からねば誰にも明かさず、ただ暇乞いに兄貴に告げたるのみ」「さらばわれも一しょに往くべし」
勇蔵が気質を知れる女房は痛くも驚き、佐太郎もまたはなはだ惑えり、「そは兄貴真実に」「無論のことなり」「そははなはだよろしからず、卿《おんみ》は姐子《あねご》をよびて間もなければ、卿は今姐子と離るべからず、よし卿に恨みなしとするも姐子の心中も思いやられよ」
それもさなりと、一たびは思いたれども、すでに一日一金の甘言に酔い、しかして臆病者の佐太郎の決心に恥かしめられたる彼は、平生の気質のごとく焦《はや》るままに決心したり、「和主の言も無理ならねど、ともかくもわれも往くべし、せっかく急ぐべけれども支度《したく》するまで一両日待ちくれよ」
女房は青くなれり、佐太郎は涙ぐみ、「過《あやま》てり過てり、告げずして往くべかりしに」と、返す返すも悔みたれど、早や転《まろ》び出《い》でたる玉いかんともするに由なければ、「サラバひそかに用意してよ人に知れては面倒なれば」と、再びその家に帰りて寝ぬ、
翌日阿園は村を駈《か》け廻り、夫の心を回《めぐ》らすべく家ごとに頼みければ大事は端なくも村に洩《も》れ
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