めたるが、峰の嵐《あらし》の戸を敲く声は地獄よりの使者の来たれるかとも思われたり、
 彼はもはや眠るあたわず、起き直りて夜の明くるを待てり、夜はやがて明け初め、怨夢《えんむ》はすでに去ったるも、怨夢の去りし※[#「片+(戸の旧字+甫)」、第3水準1−87−69]《まど》の孔《あな》より世界は白き視線を投げて彼が顔をさし窺《のぞ》けり、力なげに戸をあくれば、天は大いなる空を開きて未明より罪人を捜しおり、秋の日は赫々《かくかく》たる眼光を放ちて不義者の心を射透《いとお》せるなり、彼は今日も鎖《と》じ籠りて炉の傍に坐し、終日飯も食わずただ息つきてのみ生きておれり、命をかけて得たりし五十金、いずこに蔵《おさ》めてあるかその員《かず》に不足を生ぜざるか改めて見んともせず、ひたすらにまた日暮を待ちたり、日はやがて暮れたり、
 彼はあたかも遠征を思い立ちし最初の日の夕のごとく圃《はたけ》の人の帰るを測りて表の戸より立ち出でたり、彼が推測は謬《あやま》らず、圃の人は皆帰り尽し、鳥さえ塒《ねぐら》に還りてありし、彼は前夜の夢路をたどるもののごとく心細く歩きたるが、早や黄昏《たそがれ》すぎて闇《くら》きこ
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