出るを拒みたるも、今にして止《や》むべきにあらざれば、彼は牢《ろう》に牽《ひ》かるる罪人のごとく悄々《しおしお》と随《したが》いゆきぬ、常にはほかに訪う人なかりし寡婦が住居の周囲に、今はほとんど人の山を築けり、彼らは今来たる佐太郎を見て一斉に此方を向き、何事をかしきりにササメき合いつ皆苦笑して唾《つば》はきたり、佐太郎はいよいよ恐れ、壮年の後につきて群集の中を推して入れば、皇天后土、彼は今朝尋ねたりし阿園が縊《くび》れたる死骸《しがい》を見しなり、げに昨夜家を出て、六地蔵堂の松樹に縊れし阿園は、今その家の敷居に踞《きょ》して※[#「口+欷」、92−下−8]《すす》れる里方の両親の面前に、寝衣のままに死にて置かれてありしなり、佐太郎は再び見るあたわず、目を閉じ顔を背《そむ》けて、死の苦痛を身の震いに顕わせり、これまで沈黙して様子を見おりし、群集はこの様子を見てまたザワザワと私語《ささや》き初めぬ、父老「のう佐太郎これまでの好《よし》みもあれば、面倒ついでに今一度墓を掘らでは」老母ら「これまで卿《おんみ》が世話しつるもの、何とぞ成仏するよう葬りてよ」女房ら「縊れて死ぬるとは誰にいかなる遺恨
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