済みもせば、われにもこの上なき本望なり」と、絶望の余にかかる恵みの音ずれあり、ことさら夫が好きの物と聞くからに、感謝の語のすべることも無理にはあらず、「夫に勝る卿《おんみ》の親実、しみじみ嬉しく忘れはせじ」と、
 分に過ぎたる阿園が感謝に、佐太郎は気を取り外《はず》せり、彼は満面に笑みの波立て直ちに出で行き、近処に法事の案内をし、帰るさには膳椀《ぜんわん》を借り燗瓶《かんびん》杯洗を調《ととの》え、蓮根《れんこん》を掘り、薯蕷《やまのいも》を掘り、帰り来たって阿園の飯を炊く間に、吸物、平、膾《なます》、煮染《にし》め、天麩羅《てんぷら》等、精進下物の品々を料理し、身一個をふり廻して僕となり婢となり客ともなり主人ともなって働きたり、日暮るれば僧も来たり、父老、女房朋友らの員《かず》も満ち、看経《かんきん》も済み饗応もまた了《おわ》り、客は皆手の行き届きたることを賞《ほ》めて帰れば、涙をもって初めし法事も、佐太郎の尽力をもて満足に済みたり、
 阿園は法事済ましてより、日常のこととてはただ午前には墓より寺に詣《まい》り、午後よりは訪いくる佐太郎に慰められ、夜は疾《と》く寝るばかりなりき、佐太
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