郎もまたこの家に以前よりは繁く通いぬ、されど村人は皆彼が謹直なるを思い、この家との旧《ふる》き好《よし》みを思い、勇蔵とともに戦地に赴《おもむ》きしことを思い、勇蔵が亡き後事大小となく皆彼が義務なるを思いつ、ただに彼を怪しまざるのみならず、彼が経験なき壮年の身にしては、頼みなき身を慰むることの行き届けるに、感心したり、阿園はまた二三日ごとに墓の掃除せられ、毎朝己れに先だって線香立ち、花|※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]《さ》され、花筒の水も新《あら》たまり、寺の御堂にも香の煙|薫《くゆ》らし賽銭《さいせん》さえあがれるを見、また佐太郎が訪い来るごとに、仏前に供えてとて桔梗《ききょう》、蓮華《れんげ》、女郎花《おみなえし》など交る交る贈るを見、わけても徒然《つれづれ》ごとに亡夫の昔語を語るを聞きてこの上のうも満足に思いぬ、「この人までもかくまで亡夫に懐《なつ》きてあるか」と、
 そもそも勇蔵は幼なかりしころより、佐太郎とはわけて親しき寺子友達にて、常に佐太郎が家に机を列べたりしゆえ、彼が手習い道具はそのまま佐太郎が家にありき、これまではただその家の
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