慰むべき人をもやらず、村人も訪い来ざれば、阿園はただ一人貧しく寂しく時々は涙にくれつつ、留守の日よりもひとしおあわれに日を送りただただ訪い来る佐太郎を待つのみなりき、げにこの家に快楽を享《う》けたりし佐太郎は、今はこの家に慰藉を報うべかりし、ある日彼は尼になるべき順序を問うべく五里はるかなる善導寺の尼院を訪いしが、落胆して帰り来たり、尼になるには父兄|親戚《しんせき》の保証を要することを阿園に告げ、次の日世に知られぬ尼院ありと伝うる彦山《ひこさん》に登り、二日の後に帰り来たり、夫ありて夫に死なれ、子ありて子に後《おく》れ、世間より捨てられたる者ならでは尼となられぬこと、されど道なき絶処虎狼の住むところには、昔信心堅固の尼の住みたる洞穴あり、このごろもまた一人の尼住みおり、ここは人間の至るところならねば、世の法律を逃るるとも後《あと》追わるべき憂いなき由を語り聞かせぬ、阿園はいかなる絶処を越えても尼になるべく思いたり、されどその洞穴の辺まで佐太郎に送られたしとも思いしなり、
かくて一七日となり法事を営まねばならざりき、さらでも野菜なき夏の半ば、夫の留守中何事も懈《おこた》りがちなりけれ
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