性が一番楽しみを交へて、といふよりは楽んで買ふのは、やはり服装に関した品物であらう。
生活してゆくための費用の中から、半襟《はんえり》一つでも余裕を見出した時の嬉しさ、もつと大きな買物をするときの輝かしい喜び、選択する間の希望にみちた心、そして買つて来て、幾度か箪笥の抽斗《ひきだし》に納《しま》つたり、出したりして眺める時の心持。
よかつたとか、悪かつたとか云ひ乍《なが》ら、実は押《おさ》へ難《がた》い愛着を其品物に感じて居るなつかしみ。
かうした事を云ひ出したらきりがないかも知れない。
今の三越呉服店が三井呉服店であつた其前身の越後屋時代には、十円以上買物をした人は別室で一人一人|膳部《ぜんぶ》が出たものであつたといふ。
私が子供の時に行つた時は、金額の制限がいくらになつて居たか知らないが、何でも、紫縮緬《むらさきぢりめん》の被布を買つて貰つた嬉しさと、少し薄暗いやうな部屋に、ピカ/\光る着物を着た番頭に「何卒《どうぞ》こちらへ」と案内されて、塗つたお膳の上の煮肴《にざかな》に箸《はし》をつけた事だけをかすかに記憶して居る。
それが顧客の購買力が増すにつれて、いつか廃止
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