第十回
かかえの車夫にやあらん。玄関の馬車まわしの小砂利の上へ。しきりに水を撒《ま》いている。この体裁からみると。やすくふんでも奏任二三等ぐらいの住居とみゆるは。山中正が家にして。その実は篠原浜子の財産もて買い入れたる家なりけり。されば家事その他世の交際にいたるまでも。全権は浜子一人に帰して。女尊主義を主張し。自身はお手車で飛び走《ある》けども。旦那様は腰弁当にて毎朝毎朝出かけて行き。還《かえ》りには観音坂下まで。五銭の飛びのりがまず大快楽《おおたのしみ》なり。車夫は水をまきはてて夕方のけしきをうっかりと見ている目の前へ。ガラガラガラと走《は》せくる一|輛《りょう》の人力車。
女「若い衆《しゅ》さんここでいいよ」とおりて。この車夫にチョットあいさつをし。
女「あの篠原さんのお嬢さんのお宅はこちらで……。あのやどがあがっておりますそうでござりますが。今日はおりますか。
車夫「どっからおいでなすったか。わっちはしりません。勝手へいってお聞きなさい。
女「デハこの塀《へい》につきまして曲りますので。わかりましたありがとうござります。
勝手にはおさんが香の物をきっていたりしが。御免なさ
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