す。きかしましょうか。
山中「拝聴拝聴。
女「アノさっき私しが湯に行きましたろう。すると留守に黒鴨《くろがも》のこしらえでリッパな車夫がきて。あなたおうちかッて聞きましたッて。清《きよ》がるすだッていいましたら。では後ほどまた伺います。ぜひお目にかかりとうございますからッて。帰りましたッて。清がそういいましたよ。大へん品のいい西洋服のお嬢さんが。格子の外に車にのってまッていたッて。なんでもキットあの方にちがいないと思いますわ。
山「だれ。
女「おとぼけなさるなヨ。しれたこと。しの原さんのヨー」と少し鼻ごえで力を入れていう。
山「アアあのおてんばか。僕がしばらく行かなかったから。英書の質問に出かけてきたんだろう。あの西洋好きにも困るよ。傍へよるとなんだか毛唐人くさくって。
女「オヤいつ傍へよって。
山「そりゃアなにサ。毎日毎日けいこに行くから。あのちぢれっ毛の前がみをつきつけられつけていらア。
女「だけれどこうしていてもそんな別品がきちゃア気が気じゃアないワ」とすこしわらいながら。
 ほんとに姉女房は心配だワ。だけれどキットうしろぐらいことはないのエ。後暗いことは。エエ。
山「ナニあるもんか。
女「どうだか。
山「かつてなしだ。
女「フーン」と笑っている。下女のお清がバタバタ中だんまであがって来て。
清「御新《ごしん》さん御新さん。玉子屋がきましたヨ。
女「今日はいらないヨ。
清「でももうありませんヨ。
女「いらないヨ。
清「あれだもの。いつでも二階へあがると。ちょッくらちょいとおりてきやアしないよ」とぶつぶついいながら台所へきて。
清「おばアさん今日はいらないとヨ。
婆「ハイハイありがとうござります。またおねがい申します。
清「マアかけて一ぷくおのみヨ。
婆「じゃア少し休ましておもらい申そうかね。ドッコイショ。おめえさまはいつも身ぎれいにしていなさるネ。しの原様の女中|衆《しゅ》とおめえさまばかりだ。身ぎれいにしているは。だが篠原さんのは洋服だからおかしい。
清「おやおまえ篠原さんへはいるの。
婆「アア行くどこじゃアない。いいお得意様サ。三日にあげず五六十ズツもかっておくんなさらア。
清「じゃアあの嬢さんもみたろう。美しい女だろう。
婆「いい女にゃアちげえねえけれど。わたしらが目には高島田のほうがいいのさネ。
清「あの嬢さんはうちの山中さんネ。
婆「ムムあのいい男か。
清「アアあの人に大あつあつヨ。
婆「だっておめえさんはこなえだ御新さんとへんだっていわしったじゃアないか。
清「アアどうも御新さんとも変にちがいないよ。一昨夜《おととい》の晩もよせへ行くと二人で出ていって。一時近くまでかえってこないから。ウトウトいねぶりをしていると。車の音がしたから。飛んで出て格子をあけて見ると。二人相のりでぐでんぐでんによって帰ってきなさったが。山中さんは男がよくって。口先がいいからだれでもまようヨ。だけれどあの人もネエかあいそうヨ。あの西郷の時におとっさんが陸軍の少尉とかを勤めていて。あっちで討死をしてしまって。その翌年にはおっかさんが病気で死んで。身より便《たよ》りもないものだから。うちの旦那《だんな》がまだ生きている内に。かあいそうがって商買《しょうばい》の手伝いをさしたり。何かして家へおいてやって。しぬ前に篠原さんへたのんで官員さんにしてやったのだが。少し横文字が出来て。口先がよくって。如才ないものだから。だんだんあがって。今は二十五円もお取りなさる。あの人はそういう如才ない人だし。内の御新さんももとが泥水社会《どろみずなかま》の人間だから。なかなか後家をたっちゃアいられないよ……。おや取次ぎがあるようだヨ。
婆「じゃアまたこんだお願がい申します」と玉子屋は帰り行く。お清はチョイとおもてをのぞいてみて。あたふた二階へ上りかかれば。ちょうど下りくる主人《あるじ》のお貞。
貞「だれー。
清「あのさっきの。
貞「じゃア二階へお通し申して。あのおよびなすっても聞えないといけないから。次の間についておいでよ」お清はたすきをはずしながら。
清「フーンとんだお張番だ。
貞「エ針箱がどうしたの。
清「ナニあたしの針箱が通りみちに。オヤまたよぶヨ聞えていらア。ドーレ。
○よくいえばわるくいわるる後家のかみ。とたれやらが口吟《くちずさ》みけん。後家《おんなやもめ》の世に処することぞ難かりける。むかしの慣習にて主の死去したる時は一途《いちず》にはやまりて松の操色かえじと。プッツリ思い切りかみも。ようやくのぶるにしたがいて。アアあのかみをかもじにして。今さら丸わげにも結われまいか。時たまは束髪か櫛巻きにしてみたいと。かえらぬ悔いのなきにもあらざるべし。むしろ女やもめに花をさかせて。あからさまによめ入らん方《かた》ぞしかるべき。泰西諸国《せいようくにぐに》にて
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