は。公然《おおやけ》に再縁してはじざるときくものを。何をくるしみてか。松ならぬ木を松めかして。時ならぬ寄生木《やどりぎ》の生《お》い出でけん折。色かえぬ操の名にも似ず。顔に紅葉《もみじ》するははずかしからずや。
第三回
巍々《ぎぎ》たる高閣雲に聳《そび》え。打ち繞《めぐ》らしたる石垣《いしがき》のその正面には。銕門《てつもん》の柱ふとやかに厳《いか》めしきは。いわでもしるき貴顕の住居《すまい》。主人《あるじ》の公《きみ》といえるは。西南|某藩《それはん》の士《さむらい》にして。維新の際《とき》人に勝《すぐ》れたる勲功のありし由は。門に打ちたる標札に。従三位《じゅさんみ》子爵|某《なにがし》と昨日今日|墨黒《すみぐろ》に書きたるにても知りぬべし。さればその昔し尊王を唱え攘夷《じょうい》を説き。四方に奔走せし折は。西洋文明の国々をも。醜夷と卑しめ黠虜《かつりょ》と罵《ののし》りし癖の。いま開明の世運に際するも。まだぬけかねたるを。同じ藩士にて。今内閣に時めきたる親しき人々が。かくてはついに世の風潮に後《おく》るべし。官職を帯びて洋行し。西洋各国を巡視せば。必ず悟るところあるべしとの勧めにより。一歳《ひととせ》欧州に遊歴せしに。帰朝の後は打って変りたる洋癖家となり。わが国の食物は衛生に害ありとて。もっぱら西洋の割烹《りょうり》を用い。家屋《すまい》も石造|玻窓《はそう》にかぎり。衣服は筒袖|※[#「口+尼」、第4水準2−3−73]布《らしゃ》ならでは着するを厭《いと》い。家の婢僕《ひぼく》に至るまでも。わが国振りの衣服を着せしめず。皆洋服の仕為着《しきせ》を用いしむるまでにして。一も西洋二も西洋と。かの風俗《てぶり》をのみまなぶこととなりぬ。これなん第一回にいでし。篠原浜子の父|通方《みちかた》なり。年は五十をこしたれども。男子《なんし》なくただ一人の女子《にょし》浜子のみなりければ。愛に溺《おぼ》るるとにはあらざれど。おのずからしつけもおろそかなるに。西洋の風とさえいえば何事もよしとして。西洋の娘子《むすめ》は交際をもっぱらとし。芝居見物。夜会。踏舞と昼も夜も遊びくらすものなりなどといえる咄しさえききかじりて。学校の修業などは二の次として。ピヤノ。バイオリンなどの稽古《けいこ》にのみ身をよせさせつ。またかの家庭の訓《おし》えは母親にありというなるに。そが母は元よりの田舎《いなか》そだちにて。一と通りの読み書きさえもおぼつかなきゆえに。浜子はいとど見落しつつ。教育なき女子は仕方なしなどと。口に出《いだ》していうほどなれば。もとよりそのいうことをきくべきようはなし。されば一家の内にありては。浜子はわれ一人のごとくふるまいおるも。誰一人とがむるものなければ。こころあるものはひそかに爪《つま》はじきしてそしりあいしとかや。
中働き下女「オヤお前はどうしたのだ。まだお嬢様のお帰りのないのに。そんなに寝そべってサ。
下女「ナニもう十二時ではございませんか。男でさえそう夜ふかしはしませんのに。なんぼだってもネ。
中働き「またそんなことをおいいだ。殿様がお聞きならじきニ大眼玉だヨ。西洋というところでは。夜会では夜明かしになるのはあたりまえのようなものだから。娘の子なんぞは朝はいつでも十一時か十二時まではおきないと。ふだんおっしゃッて。日本もはやくそういう風俗にしたいなんどと。おっしゃッてではないか。
下女「それでもどこのうちもそうならいいけれども。こなたなどでは夜おそいばかり。朝はやっぱりお隣やお向うでおきる時分にはおきなければならないから。ツイねむくなるの。
中働き「そうサ。それはわたしたちばかりではない。奥様でも随分西洋風にはお困りサ。いつかもどうもたべつけたものだから沢庵《たくあん》がたべたいとッて。上ったことがあったが。その時いた書生さんが悪口に。令夫人は殿様にかくして。沢庵とまおとこをなさったといったことがあったよ。アハアハ。それはいいがお嬢さんがお帰りでも。なかなかすぐにはおよらないで。今日はだれさんと一しょにおどったとか。まただれさんがこういったとか。いつでもしまいには。あの山中さんののろけをうけさせられるのがつらいの。
下女「ソレデモあの洋行していらっしゃる若様が。殿様の遠いお続きとやらで。お嬢様のお婿様だというではないか。それにあんなことをおっしゃってもいいのかネ。
中働き「そこが開化とやらで。おまえのような旧弊をいってはいけない。なにもあやしいわけがなければ。男と女の附合いはアア開けた風でなければいけないと。いつも殿様がおっしゃるよ。
という折から馬車のおとガラガラガラ。馬丁《べっとう》の声「お嬢様おかえり……。
第四回
九段坂より堀伝えに。ほおの木歯《きば》の足駄をガラガラ。と学校の帰りにやあ
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