らん。年ごろはおのおの十五ばかりなる二三人の少年。一人は白き帆木綿《ほもめん》のかばんをこわきにかい込み。毛糸織りの大黒頭巾《だいこくずきん》を戴《いただ》きたる。身柄いやしとはみえねど。他の二人にくらぶれば。幾分か麁末《そまつ》なるところあるがごとし。少ししまがらのはでに過ぎたるめんめいせんの綿入れも。あかづきたとにはあらねど。つぎめ肩のあたりにしるくて。随分きからしものとみえたり。
△「君きょうのレッソンはデフィガルトだったねえ。
□「アーだけれど僕は昨日ブラザアに下読みをしてもらったから。すこぶるイージーだったゼ。
○「僕もおやじにしてもらったヨ。松島君はだれも下読みをしてくれてがないから。どうしても講堂じゃア出来ないけれど。そのわりにゃア試験に好結果を得るから希代《きたい》だヨ。
□「松島君のうちゃア姉さんばかりでよく月謝に困らないネー。どこから金が出るのだ。
○「それやアあし男《お》くんの姉さんが。なかなかえらいもんだっサ。この間僕の父《おやじ》が一番町の宮崎さんへいったら。あっちの長屋にお秀という娘があるが。毛糸編みの内職をして弟の学費に充《あ》てるといったとサ。公債証書ももっているけれど。姉さんが少しも手をつけんとサ。
□「そうかあし男君ほんとか。
葦「ウウン。僕はそんなことはしりゃアしない。失敬。
○「ヤアここから別れるのか。じゃア君あすさそうゼ。
葦「ナニさそってくれんでもいい。
○□「グードバイ。
○□「君きゃつはかくしているゼおかしいやア」という声をあとに残して。チョッいまいましいという顔色。口をムグムグやりながら坂をあがって。三丁目谷のとあるうちまで一さんにかけてきて。格子をガラリバタリ。どたどたとあがる。
秀「オヤ葦男さん。今日は大そうおそかったネ。おっかさまの御命日で。お茶の御ぜんを焚《た》いたから。お肚《なか》がへったら。おむすびにでもしてあげようか。
葦「ナニ何もいらない」と帽子と弁当をほうり出す。
秀「オヤオヤいけませんネー。あたしはこのショールを一つあむと。糀町《こうじまち》の毛糸屋へいってこないではなりませんから。いつものように机を出して一遍さらっておいで。そして今におしえて下さい。
葦「アア。姉さんもう来月はおとっさまの三年になるねえ。りっぱにしたいねえ配り物でもして。
秀「だって御生前《ごしょうぜん》の御知己でお配り物でもするようなおうちがあるといいけれど。お国から出ると一昨年《おととし》去年と引き続いて。おとっ様もおっか様もおなくなりになるし。国には遠い親類もあるけれど。国へかえればおまえもあたしも。ほんとの無学文盲になるから。なんでもあたしが一生けん命になって。東京でお前をえらいものにしたいと思っていますから。そのつもりで勉強して下さいヨ。あの宮崎さんはいろいろおせわにもなるし。親切にお店《たな》ちんまでやすくして下さるから。御命日にはおはぎでもこしらえて。もっていってもらおうと思っています。
葦「アア。そうして宅《うち》の公債証書はどのくらいあるノ。
秀「そうネー。千五百円ばかりあります。もっともおっかさまがお死去《なくなり》なすった時。おとむらいだのなんかによっぽどつかいましたが。もうもうあればかりはそっととっておいて。お前もあたしも身のかたまる時の大事な資本です。
葦「だけれどネねえさん。僕はもうじきに大学の官費生にはいるから。もう三年ばかりのところ。あのお金を出してつかって。姉さんも塾にはいッて。二人とも勉強した方がいいじゃアないか。
姉「イイエそういうけれど。今つかってしまっては。せっかくおとっ様のおほね折りも水の泡《あわ》になりますヨ。あたしがこうして内職をして。月々のこったのを。三銭五銭ぐらいずつ郵便局へあずけたのが。二円五十銭ばかりになりますから。ほしいものでもあるならそれでお買いなさい。
葦「ほしい物なんざアちっともないけれど。学問好きのねえさんが。毎日毎日毛糸あみばかりしていて。僕はなんだか気の毒だもの。
秀「イイエ学問はお前が学校でならってきたところを。よく覚えておしえて下さるから。学校へいって勉強するも同じこってす。あたしを気の毒とお思いなら。早くりっぱな人になって下さいヨ。なかなかお前の今の学力では。大学へ入校もどうだかしれません。こんど宮崎さんへあがったら。あの方は文学士で大学の助教もなさるそうだから。よッくお前の志操《おもうこと》を咄してお願い申しておいでなさい。
葦「アア。だけれど僕アくやしくってたまらんもの」とうるみごえになる。
秀「ナニガ。ぜんたい神経質《くろうしょう》でくだらないことを気になさるヨ。どうしたの。
葦「だって僕のことを。ねえさんの毛糸編みの内職の金で勉強するいくじなしだ。姉さんのすねかじりはめずらしいというもの。みんなは両親がある
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